焼き鳥ポン酢仕立て

焼き鳥ポン酢仕立て2.jpg直火焼きの焼き鳥のポン酢仕立てが売っていました。いつも作ってる味玉子とセットにしました。つまみうますぎ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤクルトスワローズ逆転勝ち

令和4年4月17日日曜日はヤクルトスワローズの村上君の同点打から逆転勝ちできてよかったです。高橋投手もこの前の出来を誉めたらこの日は打たれてしまいました。なかなかうまくいかないものですね。それにしても奥川君はどうなっているのでしょうか?もう3週間ぐらい見ていないですよ。今シーズンは中村捕手が最初からいないですし、あれだけ調子よかったサンタナがアメリカに帰ってしまったと聞いて驚いています。188pの村上君の後に、195pのサンタナがいてこその迫力打線ですよ。早く帰って来てくださいサンタナ。オスナを5番というわけにはいかないですか?

昨日の逆転劇で少しは粘りと集中力がまた本物に戻ってきた気がします。続けて応援しています。

エビチリ

王将のエビチリ.jpg令和4年4月17日日曜のお昼は餃子の王将です。小ライス税込み154円。ジャスト(ミニ)サイズのエビチリ税込367円。ジャスト(ミニ)サイズの餃子税込132円です。エビチリは具は少ないですが、小ライスにエビチリソースをかけてかきこみます。餃子と合わせて食べて満足です。

 

 

 

 

 

 

熊本地震前震から6年

今日令和4年4月14日で熊本地震の前震から6年だそうです。昨日県庁では非常事態の招集訓練が行われて、午前6時に招集がかけられたそうです。大規模地震が起きた想定で、県庁職員ただちに登庁せよと招集だそうです。停電が想定され、エレベーターが使えないので、蒲島知事は10階まで走らされたそうです。蒲島知事は75歳だそうです。

地震直後にコンビニに通りかかった人が言っていました。棚から落ちた商品が床に散乱して足の踏み場もない状態だったと。酒瓶が割れてすごくアルコール臭かったと。店員さんに「トイレを貸して欲しい。」と言ったら「断水なので使わないでください。」と断られたそうです。

地震から1か月ぐらいたって、震源地の益城町を用事があって通りかかったら、人っ子一人いないまさにゴーストタウンでした。1か月たっても断水したままでトイレが使えないのだから町を出ていくしかないでしょう。神社の境界になっている柱石はなん十本も道路に倒れて転がったままです。二階建ての家は一階が潰れて二階だけになっていますし、平屋は屋根だけになっています。電柱や看板は傾いていますし、とにかく「ひどい」しか思えなかったです。

六年が経過しましたが、その間にも人吉あたりにも水害があり、コロナ禍もあり、熊本は踏んだり蹴ったり状態ですが、今度は菊陽町に台湾の半導体メーカーが進出とのことです。一兆円規模の投資をされるということで希望も生まれています。一緒に地震を経験した次男に子供が生まれて今度の5月9日で4歳です。年子の下の孫もいます。自宅ベランダに夏場はビニールプールを用意しますので「プールのじいちゃん」と呼ばれています。成長が楽しみです。何とか頑張って生きています。

坊ちゃんスタジアム

ヤクルトは松山で広島と2連戦中です。まずは1勝おめでとうございます。松山は今治に帰る途中の通り道ですから、ヤクルトの選手が来ていると思うと、行きたくなって落ち着きません。去年日本一になった記念の石碑の除幕式が行われたそうです。近くには古田選手の2000本安打達成記念の石碑もあるそうです。古田選手はお父さんが南予の鬼北町出身で2000本安打を達成したのも坊ちゃんスタジアムでだそうです。ヤクルトの選手たちは秋季キャンプを坊ちゃんスタジアムでやったり、非常にヤクルトと縁が深くなっているそうです。

長男が松山の学校に行っていたので、PTAの関係で家内は松山に行く機会が何回もあって、ホテルの前で古田選手を見かけたことがあると言っていました。

GWにはできたら今治帰りたいですが、このコロナ感染者数ならやっぱり無理でしょうか?

熊本ナンバーでウロチョロしていたら迷惑がられますかね?

松山の球場は院長も高校時代何回か応援に行ったこともありますが、あのころからだいぶ変わったのでしょうね。

今日は行った気になって午後6時から応援がんばるぞ!おー!

ヤクルトスワローズ今日から松山で広島と2連戦

湖池屋トリュフ2.jpgヤクルトスワローズは今日から松山で広島と2連戦だそうです。昨日令和4年4月11日に飛行機で松山入りしたそうです。松山の坊ちゃん球場はヤクルトの第2ホームグラウンドのようになっているようで、秋季キャンプとかヤクルトの選手がよく出入りしているそうです。

ロッテの佐々木投手の完全試合で話題は持っていかれましたが、ヤクルトの高橋君もいいピッチングをしていましたよ。去年の日本シリーズとかを見ていて、高橋君は奥川君と同じぐらいの力はあるように見えました。古田さんは奥川君は今年15勝ぐらいするのではと言っていました。高橋君もそれぐらいいくかもしれません。それより奥川君が途中降板したのが心配です。あのゲームからヤクルトがおかしくなりました。まあまだ始まったばかりですけどね。

湖池屋のポテトチップスをよくみかけるようになりました。つい買っちゃうんですよね。

 



熊本大学入学式にアイドルグループが

熊本大学の入学式にA.B.C-Zが来たらしいと熊本では話題になっています。国立大学では珍しいのではないでしょうか。学生たちは喜んだでしょうが…。

栄養が回らないシベリアという左腕

週刊朝日2022.4.8P109司馬遼太郎講演録再録「ロシアについて」

 結論から申し上げますが、ロシアはシベリアという、非常に困難なものを持っている。ロシアという巨人が、自分の体よりも大きな左腕を持ってしまった。その左腕には栄養がほとんど回りません。

 その左腕を食べさせるために、十八世紀には中国に頼ろうとし、十九世紀には日本に頼ろうとした。シベリアは慢性的に食糧危機が続いてきました。シベリアに役人を派遣しても、食糧不足になったりビタミン不足になったりする。壊血病で死ぬ人も多かった。いまではさすがに食糧問題は解決しているでしょうが、その食糧はいまでもロシア本土から送られてきていると思います。事情はさほど変わりません。そういう不経済な、しかしながらけっして離そうとしない巨大な左腕であります。

 このシベリアとの関係のなかで、日本はロシアの視野に入ってきます。

 ロシアにシベリアがなければ、日本など、地球から遠い惑星のような、そんな存在だったでしょう。しかしながら、ロシアにはシベリア維持という不変のテーマがある。そのなかで日本は存在しているというのが結論になると思うのですが、このことを頭の片隅に置いておいてください。

ロシアの立ち位置

週刊朝日2022.4.8P108司馬遼太郎講演録再録「ロシアについて」

 まず西ヨーロッパからロシアを見ていきましょうか。フランスという国には、ちょっと威張ったところがあるかもしれませんね。

 ソルボンヌ大学の東洋学部では、東洋語の研究が盛んです。

 ずいぶん学問的業績の高いところでして、日本語の研究もしている。もちろん中国語の研究が中心でしょう。十九世紀の終わりごろ、中国研究のトップはフランスでした。

 そして東洋学部では、ロシア研究もしていたのです。ロシア語、ロシアの歴史、ロシアの文学、いろいろな研究があったと思いますが、とにかくロシアは東洋だった。西洋には入っていない。フランスにはそういうちょっとした中華思想がありますね。ロシアなんてヨーロッパじゃないと思っている。しかしこれは真実でもあります。ロシアははっきりとヨーロッパの国ではありますけれど、両面性を持っていて、アジアの国でもある。ドストエフスキーがこう言っていたと思います。

「自分たちは西のほうに行けばロシア人だといってばかにされるけれど、東に行けば自分たちは西洋人である」

 ロシア人の劣等感の裏返しともいえますね。ドストエフスキーでさえ言うのですから。

明星ロカボしょう油が出ました

IMG_1342.JPG右が以前から出ていた明星のロカボタンメンです。左が今度出た明星のロカボしょう油です。糖質の量がもっと減ってきています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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この日はチャーシューがなかったのでポークステーキの残りをのせました。味玉は作って保存してあるのを切るだけです。ロカボも色々種類を出してください。待っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

阿蘇国際空港?

熊本ローカルのワイドショーを見ていると司会者の人が阿蘇国際空港と言った気がしました。正式には「阿蘇くまもと空港」です。確かに国際線は飛んでいますが気をつけないと、滑舌がよくないときには「あそこ・くさい空港」と言ってしまいますよ。どこが臭いのとつっこみたくなります。

湖池屋熊本工場完成です。

神のり塩.jpg湖池屋ってポテトチップスメーカー知ってます?熊本工場できました。なんかはしゃいでます。普通自社製品を「神」扱いしますかね?よっぽど自信があるのでしょう。のりが指につきますが。熊本八代市出身の八代亜紀さんが踊っています。熊本九州学院出身の村上君もサヨナラヒットではしゃいでいました。この勢いで行って欲しいです。一部では村神君と呼ばれています。

よく見たらフライドじゃなくてプライドになっていました。

 

 

 

いよいよ具体化してきた豊予海峡ルート

ニュースによりますと、大分と愛媛を結ぶルートの試算が発表されました。大分佐賀関と愛媛佐田岬を結ぶルートです。トンネルを掘ってつなげるのが一番安くて3900憶円だそうです。橋をかけて新幹線を通したら1兆8000億円だそうです。ここによると距離的には14kmで一番深いところで180mだそうです。今フェリーで70分かかっていますが、道路ができたら15分もかからないのではないでしょうか。こんな動画もあります。熊本発の新幹線で四国を横切り神戸までとか実現するかもしれません。淡路島を通る瀬戸内大橋には将来の新幹線の四国開業に合わせて新幹線が走るスペースが建築時に用意されているそうです。岡山香川のルートでは現在特急電車が走っています。高速が上で、電車が下の二階建てです。新幹線が通ればお遍路とかも行きやすくなりますよ。ちょっと新幹線で阿波踊りでも見に行きますか?道後温泉に入りに行きますか?いろいろ夢が広がりますね。

熊本空港をアジアのハブ空港にして日本旅行の拠点にするなどアイデアも浮かびます。

今度台湾の半導体メーカーが熊本に新工場を建設する予算が1兆円と聞いています。実現不可能な金額ではないですよね。まあ、2040年の開通目標だそうです。院長にはあまり関係ないですかね。

ウクライナ軍、善戦の理由

週刊文春2022.3.31P52池上彰のそこからですか

 ロシアのプーチン大統領が焦っています。ウクライナなど数日で制圧できると高を括っていたのに、想定外にロシア軍が苦戦しているからです。ウクライナ情勢を事前に調査していた情報機関の責任者が責任を問われて自宅軟禁になっているという情報も流れています。

 ロシアとウクライナの軍事力を単純に比較すれば、ロシア軍が圧勝すると考えても仕方のないことだったのかも知れませんが、事態はそうは動いていません。ウクライナ軍が善戦している理由は、少なくとも三つはあります。それを解き明かしていきましょう。

 一つ目は両軍の戦意の差です。ウクライナ軍の兵士にしてみれば、ロシア軍は祖国に攻め込んだ侵略者。祖国を守り、故郷を守り、愛する街と家族を守る。必死になるのは当然のことです。

 一方、ロシア軍の兵士にすれば、今年初めからウクライナ国境沿いで長期間の軍事演習をしていました。極寒の中、長い間故郷を離れていれば、戦意が下がるのは当たり前。ましてウクライナに入ったら歓迎されると思っていたのに、激しい反撃にあった上に、住民の敵意にさらされる。何で自分はこんな目にあわなければならないんだと考えますよね。さっさと降伏してしまう兵士も出るし、降伏しないまでも、積極的に攻めていく気にはならないでしょう。

 二つ目は情報戦です。アメリカは早い段階から「ロシア軍の侵攻の可能性」を把握し、欧州の同盟国に伝えていました。ゼレンスキー大統領は、表向き「アメリカは騒ぎすぎだ」などと不快感を示すような態度を取っていましたが、実際には綿密な準備をしていたことがわかります。

 アメリカは、事前の情報でロシア軍の侵攻ルートを予測。ウクライナ軍は塹壕を掘って待ち構えていました。いまどき塹壕戦など第一次世界大戦か、と突っ込みを入れたくなりますが、ロシア軍の戦車や装甲車、軍用トラックを迎え撃つには必要な態勢です。

 さらにSNSの活用です。ロシア軍が接近するのを見た住民たちがSNSでウクライナ軍に報告しているのです。軍の担当者が情報を精査して前線の指揮官に伝えています。

 そして三つ目は、とりわけ効果を上げている、アメリカが供与した対戦車ミサイル「ジャベリン」です。「投げ槍」という意味で、槍を投げるように戦車に向かって放つと、戦車を破壊するミサイルです。この性能を見ると、戦車とそれを破壊するミサイルとは、まさに「矛と盾」の関係であることがわかります。

 鋼鉄の塊の戦車は、一般の兵士が持っている銃では破壊できません。そこで戦車同士で戦うことができるように戦車砲から砲弾を打ち出す仕掛けを考案します。あるいは、兵士が肩にかついで戦車に向けて発射する兵器も開発されました。

対戦車砲を防ぐ仕掛けを突破

 対戦車砲から撃ち出す砲弾には、一般的に二種類あることをご存じでしょうか。それは火薬を詰めていない徹甲弾と、火薬を詰めてある成形炸裂弾です。意外に思う人がいるかもしれませんが、火薬を詰めていなくても衝突するエネルギーで戦車を破壊できるのです。

 対戦車砲としては、火薬なしでも十分役割を果たすのですが、軍用トラックやビルなどを破壊するためには火薬が入っていた方がいいので、成形炸薬弾もあります。攻撃目標次第で砲弾を変えるのです。これが、戦車に対する矛です。

 では、盾はどうするのか。着弾の瞬間、わざと爆発を起こしてエネルギーを外部に飛散させるのです。具体的には、戦車の装甲の外側に、火薬をサンドイッチのように挟み込んだ弁当箱のような形状の「爆発反応装甲」を並べておくのです。

 戦車に向かって撃たれた砲弾が「爆発反応装甲」に当たって爆発すると、爆発のエネルギーで砲弾を弾き飛ばすのです。

 さて、この盾をどうやって突破するか。そこで登場した矛が、「ジャベリン」です。先端には小規模な爆発を起こす弾頭がついていて、爆発反応装甲に当たると爆発して爆発反応装甲を無力化してしまうのです。その上で爆弾を詰め込んだ本体が突入。戦車の装甲を撃ち破るのです。

 公開されている映像を見ると、道路上を走っていたロシア軍の戦車に対して、物陰からミサイルが放たれ、戦車を次々に破壊している様子がわかります。このミサイル、日本円にして一発一〇〇〇万円以上もするというのですから驚きです。

 戦場では、射手が遠くに見える戦車に焦点を当てて発射。あとはミサイルが勝手に飛んで行って、戦車に突っ込みます。ジャベリンは真っすぐ飛んでいくコースと、戦車の上空から突っ込むコースのどちらかを選ぶことが可能です。

 戦車は装甲が厚いので横からは攻めあぐねるのですが、上部は装甲が薄いのです。そこで真上から突っ込むコースを選べば効果的です。

 ミサイルを発射すると、ミサイルは発射筒からモーターで押し出され、いったん外に飛び出してから燃料に点火。そこから高速で敵に向かって突進します。ミサイルが点火するのは、発射した兵士から離れた場所なので、発射したときに出る煙や音はごく僅か。兵士がどこにいるか、敵にはわかりにくくなっているのです。

 またミサイルは勝手に飛んで行きますから、発射した兵士は直ちに移動して反撃の砲撃を避けることが可能になります。

 ロシア軍の侵攻当初から、塹壕に隠れながら兵士が発射するジャベリンは効果的にロシア軍に打撃を与えています。その結果ウクライナ国内で、このミサイルを「聖ジャベリン」と呼ぶようになりました。ウクライナを守る守護聖人だというわけです。侵攻してきたロシア軍の戦車に対し、塹壕に潜んだ兵士が待ち伏せ攻撃する。ウクライナ軍はこうして善戦しているのです。

ポーランドの避難所

ウクライナからの難民が増え続ける中で、ポーランドでは東日本大震災や熊本地震の経験を活かした避難所作りが進んでいる情報が入ってきました。ワンタッチテントなど2〜3千円程度から買えますので、送れる人は送ってあげてください。

カップヌードルPROにチリトマト味が出ました。

チリトマト.jpgパソコンの調子が悪く10日ほど修理会社に預けました。その間にカップヌードルPROのチリトマト味が手に入りました。好きな味です。今CMが流れています。もっと色々出してください。次は味噌も味わってみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

チリトマト2.jpg

 

 

かき混ぜてから丼に移します。いつも通り味玉とチャーシューをのせます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くら寿司 宇和島極上鯛めし

くら寿司宇和島極上鯛めし2.jpg2つ下の項目で紹介しましたくら寿司の愛媛県フェア早速行ってきました。注文したのは目をつけていた宇和島極上鯛めしです。届いたのは卵の入っていない丼、だし汁、卵です。卵がかかっていない状況で届いたのは、まずはこの状態で食べてくれという合図だと思います。鯛の切り身は大きめの分厚いのが五切れ。まずはこの状態で一切れ食べました。うまい。

 

 

 

くら寿司鯛めし卵をかけたところ.jpg

 

 

 

冷たい卵が来たので、生卵かと思って割ってみたら、少しは火が入っていたようです。白身の部分が白くなっていました。温泉卵のような状態です。黄身の部分にはほとんど火が入っていない状態でとろとろでした。本来の宇和島風鯛めしに一番近い状況です。この食べ方で3切れ食べました。すごくうまい。

最後一切れの状態でだし汁が残っています。味変のためにだし汁を入れて最後だし汁をかけた鯛茶漬けにして食べろと解釈しました。微妙。

だし汁はお吸い物のようにそのまま飲んだ方が良かったかもしれないと思いました。とにかく熊本で宇和島風鯛めしを味わうことが出来て幸せでした。税込みで690円。平日限定17時までです。

網膜剥離

昔は網膜剥離と言えばボクシングが有名でした。パンチで眼球に衝撃を受けるとなるものだと。あと相撲のぶつかりや張り手でもなることがあります。野球やテニスのボールが当たってもなることがあります。

あとあまり知られていないことですが、「アトピー」と「網膜剥離」で検索をかけるとこんなにも項目が挙がってきます。

かゆいからといって強くこすると網膜剥離を起こす可能性があるということです。

これから花粉症のシーズンです。かゆいからといってこすっている人を見たら注意してあげてください。特に小さいお子さんには注意が必要です。

宇和島鯛めし くら寿司で食べられるそうです。

昨年愛媛県八幡浜港のアゴラマルシェで宇和島風鯛めしを食べてからお勧めしてきましたが、この度くら寿司で愛媛県フェアが行われることになり、宇和島極上鯛めしで出品されるようです。このポスターの左下です。平日限定17時までとなっています。院長が食べたのは港の市場の隣のフードコートでしたので、鯛の身も十分にありました。くら寿司ではどうかわかりませんが、一応お知らせしておきます。マーティンも食べに来ています。

熊本からウクライナへ

熊本地震からもう少しで6年です。大自然の前になすすべもなく非常につらい思いをしました。日本中から世界から応援を感じました。戦争で人間がいろんなものを壊しているのを見て馬鹿さ加減にあきれます。みんなつらい思いをしているのですよ。熊本からもウクライナ応援しています。

あと熊本城が熊本県民にとってどれだけシンボリックなものか感じ取ってください。ボロボロになった熊本城がどれだけショックだったか。だいぶ外観が戻ってきました。ライトアップされても恥ずかしくないほどに。ウクライナの国旗色に青と黄色にライトアップされています。

糖質50%オフパスタ

50%オフパスタ.jpgゆめタウン光の森のパスタ売り場で新しい糖質50%オフのパスタを見つけました。前に紹介したのはハゴロモのポポロスパゲティ。茹で時間が10分でした。今度のはニップンのオーマイスパゲティ。茹で時間は7分でした。あとから出た方が進化してないと意味ないですものね。競争は大変ですね。

 

 

 

 

 

 

 

餃子の王将

はません王将.jpg木曜午後は休診とさせていただいてます。お昼をどうしようかとなって、餃子の王将に行きました。院長は半分餃子、半チャーハン、半分麻婆豆腐です。ジャストサイズと呼ばれていました。少しずつ色んなものをと店内でも放送されていました。







王将レシート.jpg



家内はチャーハン普通サイズ1人前で440円、院長はジャストサイズだけど3品なので700円ぐらいしました。乗せられたかな?

「クォーテル、イーガー」の掛け声久しぶりに聞きました。









今日の朝ごはん

業務スーパー小籠包.jpg業務スーパーの冷凍食品小籠包です。結構便利です。蒸し器がすすめられていますが、忙しい時間帯には電子レンジでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小籠包.jpg

 

 

 

3個でラップをかけて500Wで2分とのことです。20個入ってるそうです。1個あたり20円ぐらいらしいです。3個ずつ使えば最後は2個か5個かになってしまいます。その場合何分にすればいいのか書いていません。面倒だからもう1個増やして下さい。

 

 

 

 

 

 

小エビと味玉のサラダ

小エビと味玉のサラダ.jpgキューピーが出してるサラダに茹でてあるのを買ってきた小エビをのせ、さらにいつも作っている味玉をのせました。ドレッシングは業務スーパーのサウザンアイランドです。ドレッシングは35年前ぐらいですか、埼玉に住んでいる時に福岡出身の先輩にピエトロのドレッシングをもらってから、ピエトロを中心に買ってきましたが、最近は業務スーパーばかりです。ピエトロの半額ですものね。院長は和風たまねぎドレッシングが一番好きでしょうか。どれもおいしく感じます。

 

 

 

ポカリスエット

前の項目でポカリスエットが出たのでポカリやアクエリアスのような飲み物を一般的に何というのか院長が調べていて次の文章を見つけました。

  • 俳優の石原裕次郎が、1981年に心臓外科手術を受けた後、「喉が渇いている、ポカリスエットが飲みたい」と筆談でしきりに懇願し、兄の慎太郎が記者たちの前で、そのことを口にしたところ、その日からポカリスエットの売上が急増し、大塚製薬からはトラック1台分のポカリスエットが、裕次郎の入院先である慶應義塾大学病院に届けられ、石原慎太郎の自宅には、数ケース分のポカリスエットが宅配便で届いたという[10]。これが縁となってか、大塚製薬は石原プロモーション「21世紀の石原裕次郎を探せ!」オーディションの冠スポンサーを務めている。

10.^ 石原慎太郎原作の小説『』より。テレビドラマ版もこのシーンが再現されており、放映直後にはポカリスエットのCMが流れた。


院長は今日の昼休みにゆめタウン光の森の紀伊国屋書店に行って買ってきました。


「弟」石原慎太郎、幻冬舎文庫、令和3年12月10日 11版発行P315

 そんな筆による会話を目にして出てきた私に取材のテレビが様子を尋ねたので、彼がしきりにポカリスエットを飲みたいと筆談で医師に哀願しているとうっかり教えたら、翌日病院に製造元の製薬会社から山のようにポカリが届いたそうな。

 そしてその夕方戻った家の前に見かけぬ外車が止まっているので怪訝に眺めたら、私を待ち受けていた件の製薬会社の専務とかが、弟のメッセイジを伝えた私にまでトランク一杯のポカリをくれたものだ。

 私は別に喉の渇いている当人ではないからと断ったら、私がテレビのインタビュウで製品の名を口にしただけで、昨日から件の飲料水の売上が急に伸びたのだそうな。それだけ多くの人々が喉を渇かせながら弟の病状を心配してくれるのかと、ならば私もと以来それまで口にしたことのなかったものを飲むようにはなった。

 

(院長註:二つの文章微妙に違ってますよね。)

3回目のワクチン接種の前に

家内が3回目ワクチン接種の翌日夜に39度の高熱が出て苦しんでいたという話は書きました。油断がありました。1回目、2回目は全く何ともなかったので、今度も同じだろうと思っていました。

インターネットで調べてみると同じように3回目だけ副反応がでて、症状が結構重かったという体験談がいくつも出てきました。

下の項目のリンクを押すと、3回目モデルナで接種して、37.5度以上発熱した人の割合は68%になっています。3人の内2人以上熱が出ているのです。自分も熱が出ると考えていたほうが良いと思います。

それでこれから接種を受ける方に「傾向と対策」を考えてみました。

まずは予約ですが、翌々日まで具合が悪かったという人が結構いました。土日連続で休める人はその前日の金曜日に予約を取るとかどうでしょうか。

接種を受けた後は15分待機の後、帰宅許可が出ました。この後具合が悪くなる可能性もないとは言えないので、本来ならば公共交通機関を利用すべきでしょうが、県のホームページにもそんなことは書いていませんし、グランメッセに来ていた人もほとんどが自家用車で来ていたと思われます。

熱が出ることが多いみたいなので体温計、解熱鎮痛剤は持っていたほうが良いと思われます。熱が出てからでは買いに行けません。薬局でも買えますし、解熱鎮痛剤は歯科医院で出すことも出来ます。

熱を下げるためにも水分補給のためにも、ポカリスウェットやアクエリアスのような飲み物を用意しておいた方がいいのではないでしょうか?

具合が悪ければ買い物にも行けないでしょうし、食料の作り置きや買い置きを用意しておいた方がいいでしょう。

できるだけ準備をしてから接種に臨むようにしてください。

家内に言わせると救急車を呼んでもらおうかと思った、こんなふうにして死んでいくのかと思ったそうです。かなり苦しかったようです。

3回目ワクチン接種終わりました。

令和4年2月26日(土)グランメッセ熊本まで行ってきました。高齢者、医療従事者枠で早めに打たせて頂きました。1・2回目の接種券はすでに打ち終わってから届いたので、いったい管理はどうなっているんだろうと不信感が出ましたが、3回目の接種券には1回目と2回目をいつ、どこで打ったかが明記されていましたので、ちょっと安心しました。1回目と2回目はファイザーでしたが、グランメッセではモデルナでした。モデルナの方が若干副反応が出やすいそうなので、翌日がお休みの方がいいと思って土曜日にしました。土曜日の午後を早めに切り上げて行ってきました。グランメッセ熊本は点数説明会などで何回か行ったことがありますが、慣れません。会場では待ち時間が少なかったので助かりました。分科会の会長の尾身さんも1・2回目はファイザーで3回目はモデルナを打っていました。交差接種の方が抗体値が上がるという話もありました。接種後はポカリスウェットのお土産がありました。1・2回目の接種ではなかったことです。帰り道は阿蘇方面に向かって行ったら熊本空港に出ました。今までなかった立体駐車場ができていました。空港自体も立て替えてる途中のようです。コロナ禍で何年も東京に行けていませんので、空港に来たのも久しぶりです。空港前のトンネルを通って菊陽バイパスから帰ってきました。

副反応ですが、家内が日曜日の夜に39度の熱が出ました。きつそうでした。僕がもらってきて冷蔵庫に入れておいたポカリまで飲んでいました。院長は最高で37.4度です。普段は36度台なので微熱が出たのかもしれません。今日月曜も普段通り診療しています。

秘めたる友情

「男の業の物語」石原慎太郎、幻冬舎文庫、令和4年、P51

 最近あることで今は亡きかつての天才的経営者、リクルートの創業者江副浩正氏のお嬢さんと知り合った。そして思いもかけぬことを彼女の口から直に伝えられ感動させられた。

 江副氏は、面識もなかったこの私のことを何故か深く敬愛してくれていて、氏の書斎には私の著書のすべてが収められていたという。それどころか氏は私の住む湘南の逗子にわざわざ東京から居を移し、入り江の向かいの山の中腹にある私の家の見えるところに新居を建てて住まわれていたそうな。

 それは東京の六本木に近い東洋英和女学院に通っていたお嬢さんにすれば大迷惑な話で、今まで東京の実家から半時間で通っていた学校に、はるばる逗子から二時間近くかけての通学となったらしい。彼女にしてみれば、父親の人間道楽は大迷惑だったに違いない。

 私が江副氏の私に対する、敬愛の故だろう並々ならぬ友情について自覚したのは、こうして彼のお嬢さんと出会い、彼の私に対する敬愛の情について縷々知らされてからのことだった。

 

 それにしても私が参議院から衆議院に転じて東京の選挙区を選んで東京に移居するまでの間、同じ逗子の町にいながら江副氏から声をかけられたことはないし、出会ったこともなかった。いずれにせよ氏の私に対する思慕は一方的なもので、もし顔を合わせる機会があったとしたならば、二人の間にもたれたに違いない会話を想像するだけで胸のはずむ思いがするのだが。

 しかし直接出会うことのなかった私たちだが、間接に彼の並々ならぬ友情を感じさせられたことはあった。

 ある年の冬に思い立ち、リクルートが経営するスキー場にあまりスキーの得意でない家内と出かけたことがある。そして行った先のスキー場で私とたどたどしい家内が滑るルートをラッセル車が先導してコースをならして、家内にしてなおスムースかつ安全に滑りおおせることが出来たものだった。そうした格段の差配を支配人に感謝したら、本社から十分に気遣うようにとのことだという。それでもなお、私は迂闊にもスキー場のオーナーたる江副氏について意識することがなかった。

 ちなみに彼は、私の全く知らぬ時、知らぬ所で急逝していた。お嬢さんの話だと、旅先から戻った東京駅で転倒し、頭を強く打っての急逝だったそうな。そのことをお嬢さんから聞かされた時、私に対してそれほど格段の友情を抱いてくれていた彼が、直に出会って名乗り合いもせず身まかってしまったことの意味合いを私なりの感慨で思い当て、いわばまだ見知らぬ真の友人の秘めたる友情に思い当たり、胸が熱くなった。

「そうか、そうだったからなのか」

 私は真の友人に感謝していたものだった。

 

 それはかつて世間を騒がせ、日本の政界を震撼させたリクルート事件についてのことだった。新興の企業リクルートの株式が公開されるという予測で、事前にそれを分け持って公開の際に高値で売って大儲けしようと企む政治家たちがリクルートに食いつき、暴利を得ようとして暗躍し、それが発覚して大スキャンダルとなった。時の総理大臣までが絡みつき、それを庇おうとした優秀な官房長官までが失脚したものだった。

 私のよく知る、そろそろ大臣適齢期の男があまり人のなりたがらない労働大臣をしきりに希望する理由がわからずに質したら、労働問題に関わり深いリクルートにこの際食い込む所存だとぬけぬけ吐露していたものだ。

 思い返してみれば、中川一郎が怪死した後、派閥を引き受け金に苦労していた時に、私に対してそこまでの心情を抱いてくれていたという江副氏から公開前の株について何の持ちかけもありはしなかった。持ちかけられれば卑しく飛びついて、私も政界の醜聞に名を連ねていたに違いない。

 しかしあの一連の金に関する騒動の中で、他の政治家たちには持ちかけ、この私だけには持ちかけることがなかったという事実の重さは、彼の私に対する、繰り返すのも面映ゆいが「敬愛」という友情が紛れもない本物だった証しに他なるまい。

 人生は他者との出会いによって形づくられていくが、出会いの功罪は多少ありはする。しかしすれ違いも人生の深い味わいに違いない。それにしても江副氏と私の、目には見えぬ関わりはその最たるものであり、江副氏との一方的な関わりは私にとってはいくら惜しんでも余りあるものがある。

 私に対して秘めたる友情を持ち続けくれたあの天才と、せめて一夜でも酒を酌み交わして話し合ってみたかったものだ。

(院長註:菊川家のルーツでも取り上げたように江副浩正氏の実母旧姓菊川マス子は院長のルーツと同じ愛媛県今治市波方町小部の出身です。石原慎太郎氏のお父さんの潔さんは今の愛媛県八幡浜市の出身です。愛媛つながりがあるのです。あと江副さんは「あぶく銭師たちよ!」(ちくま文庫)で、石原さんは「てっぺん野郎 本人も知らなかった石原慎太郎」(講談社)で二人とも佐野眞一さんに徹底的に調べ上げられています。二人の組み合わせが院長には面白いのです。)

片思い

(院長註:高見順さんと行った山陰への講演旅行の話はこれで三度目です。Wの「高見順さんの講演」、5−Vの「慎太郎の殺人的な女性人気」とこれです。余程印象深かったのでしょう。)

「男の業の物語」石原慎太郎、幻冬舎文庫、令和4年、P31

(前略)まだ二十代の半ばの頃、ある出版社主催の講演旅行で山陰に出かけ、鳥取市での講演を終え、市長と教育長の接待で市の郊外の温泉旅館での宴会に招待された。同伴の講師は親しかった高見順氏と評論家の竹山道雄氏だったが、宿は海の間近で海の好きな私は見知らぬ土地の海を一目眺めたいと思い、出かけたが、もう夕方に近く辺りに慣れぬ私を気遣って宿の若い女将さんが付き添ってくれたものだった。その彼女は浜辺の溝を越す時、足元の定かならぬ私の手まで取って案内してくれた。

 そうやって間近で見直すと息をのむほどのまさに絶世の美人だった。と言ってそれ以上何をすることも出来ずにしばらくして宿に戻ったが、その間も彼女が当時売り出し中の評判の私に好意を抱いているのは自惚れではなしに強く感じられた。

 思いがけぬ美人を直に目にして、しかも人気のない浜辺で一瞬だが手まで取られて過ごした相手の強い印象の余韻を抱えて、なんとなく仏頂面をしている私に、高見氏が気付いて訳を質したので、私も気の合った文士同士の仲故に先刻のことを話したら、高見氏が笑って大いに頷き、

「いやあ、その気持ちはよくわかるなあ。それが旅の味わいというものだぜ。せいぜい悶えたらいいぜ」

 半ば本気でちゃかしてくれた。

 宴会が始まり、気さくで洒落た気配の市長に私が思わず、

「いやあ、この宿の若女将が綺麗なのには驚きました。あんな美人はどこにも滅多にいませんが、この町にはあんな美人が多いんですかねえ」

 慨嘆してみせたら、市長が身を乗り出し、

「そうでしょう。あれはこの町随一の美人ですが、最近子供を産んだらますます磨きがかかりましてな。実はこの宿の跡取りというのがこれまた町一番の男前の遊び人でしたが、あれをもらってさすがに遊びが治まりましてな。仕事も真面目にするようになって、親たちもようやく安心しておりますよ」

 と。言われてそれは当然と頷いたものだったが。

 それから数年して、どこかのゴルフ場で付いてくれたキャディに出身地を質したら、何とあの鳥取県の温泉町だった。そこで私としては件のあの絶世の美女を思い出し、町でも評判だったというあの宿の若女将を知っているかと尋ねたら、キャディが、

「よく知っていますよ。でも、あの人今どこにいるかご存知ですか」

 と聞き返してきたものだった。

「え、まさか離婚したわけじゃないだろうが」

「違いますよ。あの人今、刑務所にいるんですよ」

「えっ、いったい何故だ」

「あの人ね、旦那さんが夜寝ている時に紐で首を絞めて殺してしまったんですよ。それで今はね」

 言われて思い当たった。

 あの時、市長が言っていたとんだ放蕩ものだった亭主も、結婚して天下一の美人を我が物にしてしまえば贅沢にもそれに飽きて、昔の放蕩を始めたに相違ない。そして絶世の美人のあの女将は、美人としての沽券でそんな亭主を許すわけにはいかなかったのだろう。

 そう思って、いかにもと納得したのもこちらの片思いの沽券ということか。

女の覚悟も

「男の業の物語」石原慎太郎、幻冬舎文庫、令和4年、P233

(前略) しかし時にはその逆、女が男を男として立てるために覚悟して身を捨てるという恐ろしいほど悲惨な劇もあり得る。それも特攻攻撃という極限的な覚悟、ドラマの中ならではのことだろうが。

 大山大尉は航空兵の教官として戦局を眺めながら若者たちに、いざという時には捨て身の特攻攻撃に志願して国に尽くせと言い聞かせ、お前たちがそうするならこの自分も必ず同じようにして死ぬからと誓っていた。その言葉にしたがって多くの弟子たちは特攻を志願して死んでいった。

 そして戦局がますます悪化し危機が迫ってきた頃、彼もまた教え子たちの後を追って特攻を志願したが、位が上過ぎて事例に乏しく許可が下りない。それでも彼は強引に戦場に近い基地に出かけ志願を続けていたが、それを聞いて彼の妻は夫が心置きなく思いを達することが出来るように、ある日二人の子供を連れて近くの川に身を投げて死んでしまった。その報せを聞いた彼は今夜だけは泣かしてくれと部屋にこもり声を放って泣いたそうな。

 それを聞いてさすがに司令部は異例のことながら彼に特攻機への搭乗を通信員として許し、彼ははればれと出撃していった。そして敵艦に向かって突入する寸前に通信席から基地に打電してきた。その電文は「我これから突入す」と。続けて死んだ奥さんの名前を三度繰り返して最後に、「お前、本当にありがとう」と。

 男女の立場を越えた二人それぞれの覚悟は、連絡機の報告によれば、彼の搭乗した飛行機を見事敵艦に命中させたそうな。二人の執念の覚悟の凄さは人知を超えたエネルギーを感じさせるが。

 しかし今この世のありさまの中で男が男としての、女が女としての人生の証しを示すための命がけの覚悟をしなくてはならないような事態があるものだろうか。

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