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出る杭は打たれるのが世の摂理。やっかみはレベルアップしたという勲章だ

「メシが食いたければ好きなことをやれ!」岡野雅行、こう書房、2008

P35出る杭は打たれるのが世の摂理。やっかみはレベルアップしたという勲章だ 

 俺に言わせてもらえば、出る杭は必ず打たれるようにできている。
 当然、一度成功したり、有名になったりすると、色々な人から妬まれることもある。
 歌手だって漫才師だって、落語家だって、一人だけポーンと飛びぬけると周りは妬んで、その飛びぬけた頭を押さえつけようとする。そんなやつらとずるずる付き合う必要はないよ。

 俺は義理人情を大切にしろと、常に言い続けているが、自分がより良いレベルに上がるためには、当然決断を迫られるときもある。今まで一緒にいたやつらを切り離すかという決断だ。
 でもそれは決して、今まで目をかけてくれたやつを裏切って見捨てろということじゃないぞ。間違っちゃいけないよ。受けた恩は決して忘れてはいけない。それはもっとも大切なことだ。
 恨みと妬みは違う。成功者に妬みはつきものなんだから、妬みは仕方がないけど、ひとさまに恨みを残すようなことはしちゃいけない。きちんとそのときそのとき、誠意を持ってけじめをつければ、人間関係、それほどこじれることはないもんだ。

◎どんなところにもやっかみはある
 俺もやっかみは嫌っていうほど経験してきた。
 個人でもそうだが、企業や会社というもっと大きな単位でもやっかみというものはある。世の中には抵抗勢力ってのが必ずあって、いいものはなかなか出て来ないようにできてるんだ。
 今から3年前に、ある会社の缶ビールの容器を作った。それまで、缶ビールの飲み口は小さくて、ジョッキからビールを飲むようにゴクゴクと飲むことができなかったわけだ。それで飲み口の広いビール缶を作ってくれと言うわけ。ビールは炭酸ガスが入っているので、飲み口が大きいとちょっとした衝撃で、開口部が開いちまう。これがなかなか大変で、何度も何度も作り直し。ほんと、えらい目にあったよ。
 とにかく、そんな苦労の末に1年半かかって製品ができあがった。なのにまだ世の中には出てこない。出てきたら1番になるのに決まってるのにさ。
 まあ、そんなことことが、今までにもたくさんあった。
 けれど、そのやっかみは他の人よりひとつ飛び抜けたという勲章なんだと思うことだ。成功したらすぐに次の新しい挑戦を始めよう。やつらがやっかんでいる間に、こっちはさらにレベルアップしてるという寸法だ。格段の差がついてしまえば、儲けもの。やっかんでたやつらは「もうあいつの足を引っ張ろうとしても駄目なんだ」と諦めてくれる。
 今は周りが敵ばかりに見えるかもしれないが、汚いことをやるやつらは自然と自滅してゆくよ。筋さえ通していれば、今までよりもっと良い出会いがやって来る。この世の中、やっかむやつは多いけれど、だからといってたったひとり、自分の力だけで成功できるやつなんて、誰一人としていないんだよ。


 

寄主を成長させる寄生虫もいる

「延長された表現型」R・ドーキンス、日高敏隆ら訳、紀伊国屋書店、1987

P398

「寄生者はその寄主へ損害を与え、エネルギーの損失や病気を引き起こすと一般に考えられているが、寄生者のいることが現実にその寄主に著しい成長を誘発する例も知られている。」チェン(Cheng,1973,P.22)

P399

 マンソン裂頭条虫(Spirometra mansanoides)の幼虫に感染したマウスは非感染のマウスより速く成長する。条虫はマウスの成長ホルモンに類似した物質を分泌することによってこれを成し遂げることがわかっている。

寄生者が寄主の行動を操作②

「延長された表現型」R・ドーキンス、日高敏隆ら訳、紀伊国屋書店、1987

P401寄主である昆虫の表皮をやぶって外へ出て、成虫として生活する水中へ入る必要のあるハリガネムシの幼虫にとって、「・・・・・・その寄生生活を困難にしているのは水への回帰である。したがって、その寄生虫が寄主の行動に影響を与え、水へ回帰すべくそれを『ふるいたたせている』ようにみえるのはとりわけ興味深い。これがどのようにして成し遂げられるのか、その機構ははっきりしないが、寄生虫が寄主に影響を及ぼし、しばしば寄主にとっては自殺となるような影響すら与えることを、まったく別々に確認した報告がある・・・・・・。その劇的な報告の一つは一匹の感染したミツバチが水たまりの方へ飛んで行き、その約六フィート上方にきたとき、まっすぐ水中にダイヴィングしたことを記している。その直接の衝撃で、そのハリガネムシは爆発的に飛び出し、水の中へ泳いでいった。一方、重傷を負ったミツバチはそのまま死んでしまった」(Croll,1966)。

スティーブ・ジョブズの好きなもの

 「スティーブ・ジョブズⅠ」ウォルター・アイザックソン、井口耕二訳、講談社、2011

P175 物質的なものも大好きである。とくに、ポルシェやメルセデスの車、ヘンケルのナイフ、ブラウンの家電、BMWのバイク、アンセル・アダムスの写真、ベーゼンドルファーのピアノ、バング&オルフセンのオーディオ機器など、緻密にデザインされ、構築された製品が大好きである。

P229オドワラのジュース

寄生者が寄主の行動を操作①

「延長された表現型」R・ドーキンス、日高敏隆ら訳、紀伊国屋書店、1987

P395リューコクロリディウム属(Leucochloridium)の吸虫はカタツムリの角に侵入し、その中で吸虫が脈打ち行動をしているのが皮膚を通してはっきりと見える。この行動はヴィックラー(Wickler,1968)の示唆するところでは、その吸虫の生活環における次の寄主である鳥に、昆虫と間違えてその触角をくいちぎらせるようにするためだという。ここでおもしろいのは、その吸虫がカタツムリの行動をも操作しているようにみえるところだ。カタツムリの眼が角の先端にあるからなのか、それとも何かもっと間接的な生理的経路を通してなのかわからないが、とにかく吸虫は光に関連したカタツムリの行動を何らかの方法で変化させている。正常なカタツムリにみられる負の走行性は、感染されたカタツムリでは正の走行性に置き換えられている。この正の走行性は、カタツムリを開けた場所へとおもむかせ、おそらく鳥により食べられやすくさせる。このことは吸虫に利益をもたらすだろう。

亜硝酸塩がニトロ効果

「20歳若く見えるために私が実践している100の習慣」南雲吉則、中経出版、2012、P122

酒のつまみを食べるならレモンをかける

 がんの原因として、酒のつまみが原因になっている場合もあります。
 ハムやチーズの包装の裏を見ると、「発色剤(亜硝酸塩)」と記載されているのをご存じでしょうか。この亜硝酸塩とは、色調を改善し、保存性を高めるものですが、薬理効果としては「ニトログリセリン」と同様の効果があります。
 ニトログリセリンは、ダイナマイトの原料でもありますが、狭心症になった人の救急薬としても知られています。これは、なめると血管が拡張する作用があるからです。
 ハムやチーズをつまみにワインを飲んでいるフランス人に心臓病が少ないというのも、もしかすると、ワインに含まれるポリフェノールのおかげばかりではなくて、この亜硝酸塩のせいかもしれません。
 それはさておき、酒を飲むときには、ハムやチーズ、アンチョビを一緒に食べたりするものです。こういう動物性タンパク質に含まれているのが「アミン」と呼ばれる物質です。

 実は、発色剤に含まれるニトロと、肉や魚に含まれるアミンが一緒になると、「ニトロソアミン」という発がん物質になります。
 ですから、新鮮な肉や魚はよいのですが、長期保存のきくハム・チーズ、缶詰は注意が必要です。
 ではどうするかというと、こうしたつまみ類にはたいていレモンがつけ合わせてあるので、そのレモンをしぼってかけてから食べるようにしてください。レモンに含まれるビタミンCが、ニトロソアミンの発がん性を消す役目を果たします。
 ハムの中には発色剤が入っていないものもありますが、食中毒の原因になるボツリヌス菌が繁殖するおそれもありますのでかえって危険です。

前頭連合野は脳の監視役

 「脳のなんでも小事典」川島隆太、泰羅雅登、中村克樹、技術評論社、平成16年、P80

 フィニアス・ゲージさんは、鉄道工事の作業中に起こった爆発事故で、不幸にして非常に太く長い金属棒が頭を貫き、頭部を負傷しました。命はとりとめましたが、彼は前頭連合野の一部を失い、人格がすっかり変わってしまいました。
 事故に遇うまでの彼は、非常に勤勉で信頼の厚い人でしたが、事故のあとは落ち着きのない、粗野な、衝動的な人間になってしまったのです。気まぐれで、わがままで、優柔不断な彼を見て、周りの人たちは「彼はもうゲージではない」と言ったくらいです。また、躁うつ病の人では、前頭連合野と大脳辺縁系の関係がうまく働いていないというデータもあります。
 情動を作り出すのは大脳辺縁系や脳幹で、それを監視する役割を前頭連合野が果たしていると言えるでしょう。

カリグラフィー

 「スティーブ・ジョブズⅠ」ウォルター・アイザックソン、井口耕二訳、講談社、2011、P81

 ジョブズはすぐ、大学に飽きてしまう。リード大学は気に入っていたが、必修単位を収らなければならないのが嫌だった。雰囲気はヒッピー的なのに、『イリアス』を読んでペロポネソス戦争について勉強するなど、必修が厳しく決められていたのだ。これにジョブズは驚いた。
 ウォズが訪ねてきたときには、時間割りを見せながら文句をぶつけた。

 「これをぜんぶ取れって言うんだぜ?」
 「大学ってそういうところだよ。必修が決まってるんだ」
 ジョブズは従わなかった。必修の講義をさぼり、自分が出たいと思うものに出席する。創造的だし女の子と出会うチャンスもあるダンスのクラスなどだ。
 「出るべき講義をさぼるなんて、ぼくには考えられない。そこはぼくらが大きく違うところだね」とウォズニアックは評している。
 後ろめたい気持ちにもなりつつあった。両親が必死に用意してくれたお金を意味のない教育に使っていると感じたからだ。このときの気持ちは、スタンフォード大学卒業式における有名な祝辞で本人が次のように語っている。
 「両親は汗水たらして働き、貯めたお金で私を大学に行かせてくれました。そのころ私はなにをしたいのかもわからなかったし、大学に通ったらそれがわかるとも思えませんでした。なのに、両親が一生をかけて貯めたお金をみんな使ってしまう。そう思ったから中退し、あとはなんとかなると思うことにしました」
 繰り返すが、リード大学が嫌だったわけではない。ただ、学費を払っておもしろくもない講義を受けるのが嫌だったのだ。そんなジョブズをリード大学は容認する。
 「スティーブは探求心が魅力の男でした」と学生部長だったジャック・ダドマンは言う。「自明の理を拒否し、一つひとつ、自分で吟味しないと気がすまないようでした」
 ダドマンに気に入られたジョブズは、学費を払っていないというのに好きなクラスを聴講し、寮の友人の部屋を泊まり歩いてもおとがめを受けずにすんだ。当時について祝辞でこう語っている。
 「中退すれば、おもしろくない必修など取る必要はなくなります。ですから、おもしろそうなクラスだけのぞくことにしました」
 そのひとつがカリグラフィーだった。キャンパスに貼られたポスターがどれも美しい仕上がりだったので興味を待ったのだ。
 「セリフやサンセリフといった書体についても学びましたし、隣合う文字の組み合わせに応じて間隔を微調整するなど、すごい印刷技術がなぜすごいのかも学びました。美しいし、歴史的な意味もあるし、科学がとらえられない微妙な芸術的感覚もあると感じ、夢中になりました」
 このときもジョブズは、アートとテクノロジーの交差点に立とうとしていた。彼が作る製品は、いずれも、すばらしいデザインや外観、フィーリング、エレガンス、人間らしさ、場合によってはロマンスとテクノロジーが一体となっている。いつも彼は、ユーザーにやさしいグラフィカルユーザインターフェース(GUI アイコンやマウスを利用し、直感的な操作を可能にする情報技術)を大事にするが、その象徴とも言うべきものがカリグラフィーのコースなのだ。
 「リード時代にあのコースを取らなければ、マックに複数種類のフォントが搭載されることもなかったし、プロポーショナルフォントが搭載されることもなかっただろう。ウィンドウズはマックのコピーだから、結局、パーソナルコンピュータにそういうフォントが搭載されることはなかった可能性が高いと思う」 

受験生の筆圧が下がっている!

平成22年東進ハイスクール夏期講習

〜アンケートにご協力ありがとうございました。

         林からの返答です。夏期編〜

 

P2  Q.7 実際に字が汚くて、読めないと採点されないことはあるんですか? (O君)

A.という質問だったんですよね? この質問の「解読」にもかなりてこずりました。(笑)結論を言えば、大いにあります! 他の多くの答案が読んでもらうようにきちんと書いているのに、どうして採点者が一見では読めないようなものを、苦労して解読しなければならないのですか?あっさり排除してそれで終了です。彼らは莫大な経験が熟知しているのです。本当に「優秀な」学生は、自己を理解してもらうための能力をしっかり備えている、それが欠けているという段階で、もはや「優秀」ではないのですから、そんな答案を見るのは単なる時間の無駄なのです。ちょっと厳しく書きましたが、これが現実なのですから、今後は、

濃く、はっきりした、かつ丁寧な字

で書くように心がけてください。

 この点に関してはどこかの採点講評でも書きましたが、東大受験生の筆圧は年々下がっています。僕らのイメージでは、答案はかなり「真っ黒」に近くなるものだったんですけどねえ。確かに女子には以前からそういう傾向があったのですが、今回採点していて男子にも本当に筆圧の低いものが多数合って、これも草食男子の特質なのではないのか、という社会学的な考察をひそかに進めていたくらいなんですよ。

(院長註:「今でしょ!」で人気が出ている林修先生です。)

ガン予防のために臓器を取る

 (院長註:書かれたのは少し古いですが、次のような考えもありますので、参考にされて下さい。)

「風邪の効用」野口晴哉(院長註:社団法人整体協会創設者、整体師)、ちくま文庫、2003(書かれたのは1962)、P24

 私は体を整える方を主にするのだから、病気を治すために体を悪くするようなことは嫌だと思っている。例えば、ひょう疽(そ)などをすれば指を切ってこれで治ったと言うのですけれども、切った指は永久にそのまま歪んだ形をしている。そういうのは治ったのではなくて、ひょう疽の他にもう一つ、治療と称して体を傷つけたのだと私は思うのです。そういうのは本当の治療ではない。よく子宮や卵巣を除(と)ってしまっている人があります。そうして御亭主は或る期間、そのエネルギーの排(は)け口の対象となって散々八つ当たりされて困っている人がありますけれども、子宮がなければその鬱散場処が変わるのは当たり前のことで、その人としては已むを得ない。だからそういうことをするのが治療だと考えていることが間違いなのです。やはり天然のまま傷つけず、むしろそれを鈍らせず、萎縮させず、自然のままの体であるようにするのでなければ、本当の意味の治療とはいえないのではあるまいか。
 最近のように臓器を除られている人が多いと、私のように体の自然のはたらきというものを利用して健康を保って行こうとするものには、とても不便なのです。まあ心臓がないという人はありませんが、腎臓がなかったり、子宮がなかったり、卵巣がなかったりする人はザラで、そういう人を円満に治そうなどと考えても不可能である。だからいちいち、どこか切った処はありませんかと訊かなくてはならない。ひどい人は「胃癌になるといけないから胃袋を除りました」と言う。胃袋さえなければ胃癌にならないと……。それなら首を切っておけば万病にならない。
 とにかく、天然の体をできるだけ天然に保たなくてはならない。そうなるといろいろな治療行為よりは、却って風邪を上手に引き、上手に経過するということの方が意義があるのではなかろうか。だからいろいろな病気を治す方法よりは、風邪を上手に経過する生活法といいますか、それを会得しておけば、癌になるとか、脳溢血になるとか、そういう麻痺した体も正すことができる。従ってそういうような病気にならないですむ。

抗生物質で体が縮む?

平成11年11.18週刊文春P91山崎浩子のアスリート進化論「雅山」

 風邪を引きやすい体質らしい。秋巡業に精を出す雅山(みやびやま)を訪ねると、「最近また風邪引いて、どこにも遊びに行けない」とスネていた。

 「抗生物質を飲むとすぐ治るんですけど、体が縮むからイヤなんです。せっかく稽古してパチパチと張りのある体になってるのにね」

(院長註:力士は体を大きくするのに必死です。体が縮むというのも実感としてあるのだと思います。我々の常識からいくと、家畜のエサに抗生物質を混ぜるのは病気の予防というよりも、成長が早くなるためです。抗生物質で細菌をたたくと、細菌に使われるエネルギーが残り、その分が成長に使われるから大きくなるという考えです。抗生物質を飲むと大きくなるという考えと、真逆の縮むという実感。どっちが正しいのか、誰か教えて下さい。)

ホームレスにハゲなし

週刊朝日2012.11.23P93マリコのゲストコレクション林真理子と南雲吉則(医師)

林 五木寛之先生は、年に何回かしか頭を洗ってらっしゃらなくてふさふさです。「ホームレスにハゲなし」とおっしゃっていますよ。(笑)

モルヒネ

名前の由来は、ギリシア神話に登場する夢の神モルペウス (Morpheus)。夢のように痛みを取り除いてくれることから。

料理は脳トレ

 「記憶がなくなるまで飲んでも、なぜ家にたどり着けるのか?」川島隆太、泰羅雅登、ダイヤモンド社、2007

P116(院長註:前頭前野を)鍛えるのには、読み書き、計算といった、いまよく知られている「脳トレ」があります。そして、料理をすること。料理が脳を鍛えてくれることもわかっています。ほかにもたくさん方法はあるでしょうが、私たちで検証できている方法はこの三つです。
 料理は、すべての過程で脳が活性化します。和食でも洋食でもデザートでもいいのです。ただし、インスタントやレンジでチンするだけではダメです。材料を揃えて、洗って刻んで、調味料も揃えて、味付けを考えて調理し、盛りつけも工夫してください。レシピを見ながらでいいので、一流レストランや料亭のような手間をかけた料理を目指してください。
 ということは、料理学校へ通うと脳が鍛えられるのです。もちろん学校だけではなく、家でも料理を日常的にしなくてはなりません。料理人でも一流の人は、手間を惜しまないはずです。三流の人は、料理を仕事と割り切ってしまっているでしょう。この差は、その意志、創造性、ひいては人格的な側面にまで影響してくるのではないでしょうか。
 暇な休日にはぜひ、酒のつまみは手作りで、凝ったものを何品か作ってください。脳を鍛えて、酒で神経細胞が壊れる分を相殺できるかもしれません。
 ですが、料理に使うからとお酒をポンポンと景気よく開けて、飲みながら料理を作ってしまうと、こうした効果も危うくなりますのでご注意を。

アメリカのフェアネスは絶対か?

「新世代ビジネス、知っておきたい60ぐらいの心得」成毛真、文春ネスコ、2007、P126

 一般に相互互助型保険はアルペン型、利益追求型保険はアングロサクソン型と呼ばれる。
 ミシェル・アルベール(フランス総合保険グループ会長)は『資本主義対資本主義』(竹内書店新社)のなかで、「アングロアメリカ資本主義」という表現でアメリカ型資本主義について言及している。
 アルベールによると、イギリスはもともと海洋国家であり、船団を武器とした植民地経営・帝国主義を経験したことで、資本主義を発達させた。その一方で、ドイツやフランスは農業国家・農耕経済だったので、海洋国家ほどリスクが大きくなかった。そういった社会構造的な問題から、イギリスやアメリカではリスク細分型保険が発達し、フランス、ドイツでは相互互助型保険が発達した、というのだ。つまり、貿易国家と農業国家ではリスクの質が全然違う、というわけだ。

 しかし、アメリカ人はその起源の違いを無視して、リスク細分型保険をはじめとして何事につけても、自分たちこそがフェアだと思っているふしがある。もちろん、実際にフェアなこともあるが、その一方で「それってホントにフェアなの?」というものもたくさんある。
 よく、アメリカの大統領直接選挙制はフェアだと言われる。厳密に言えば全国民が大統領選挙の投票権を持つわけではないが、それでも日本のように政党が勝手に離合集散して与党を形成し、気がつくと総理大臣まで替わっていたりするのに比べれば、はるかにフェアな制度だという気はする。
 ところが、その大統領選挙を陰で支えている企業献金は日本とは桁違い、日本よりはるかに巨額なのである。
 もちろん国土が広大で人口も多いという背景はある。だがそれ以上に、私が見ている限り、アメリカの利益誘導型政治の横行はすさまじい。
 農業分野を見ても一作物に対する助成金はものすごい額だ。トウモロコシ一品種だけでも、日本の農産物関連の補助金など比較にならないほどの巨額なカネが支出されている。トウモロコシのゴールデンベルト地帯選出の国会議員たちが、アメリカ農務省の予算から引っぱってくるからだ。農務省も予算権限を失いたくないから、予算枠を確保し続ける。
 日本の省庁にもたしかにこれに似たところはあるが、アメリカの場合、さらにその先がある。予算確保のためのロビイスト活動には資金的な規制が一切ないのだ。無制限にお金を使ってもいいのである。さすがに日本でそれはない。アメリカのすさまじさと比べれば、日本の企業献金などカワイイものだ。
 アメリカ人自身はそういう利益誘導型政治を特別クレイジーだと考えていない。むしろそれが常識だと思っている。アメリカにも日本に似た政治資金報告書のような制度があるが、報告さえすれば金額に制限はない。そういう感覚自体、かなり異常だと私は常々思っている。
 日本ではアメリカのそんなドロドロした政治の舞台裏はあまり報道されないから、「アメリカ=フェアな国」という先入観が日本人のなかでどんどん固まっていく。

アメリカの保険

「新世代ビジネス、知っておきたい60ぐらいの心得」成毛真、文春ネスコ、2007、P123

 アメリカの異質性がわかりやすく具現化されているものに保険がある。もともと日本やドイツなどの保険業の起源は、無尽講だった。無尽講とは一定数の人間が集まって各加入者から定額の掛け金を集め、定期的に抽選などで当選者を決めて、加入者全員に順番でまとまった金額を融資する仕組みのことだ。
  一方、イギリスやアメリカは、海上火災・海上保険がその起源になっている。イギリスやアメリカの保険は、日本やドイツのような相互互助型ではなく、その起源からして利益追求型なのだ。だから、アメリカには日本のような国民皆保険制度はない。
  九七年時点で公的、あるいは私的な医療保険に加入していない人は約三七〇〇万人で、アメリカ国民全体の一五パーセントにも上るという。幸いにして民間の保険に入れる財力がある人でも、遺伝子疾患が見つかると高額な保険料が設定される。国や社会全体で負荷をシェアしようという相互互助の概念が欠落しているからなのである。
 つまり、ひとつの保険全体で一〇〇万人加入していれば一〇人ぐらい死んでも大丈夫、一〇〇万人の保険料で面倒見ますよ、というのが日本やドイツ型。反対に、個人が各自の疾患に応じた保険料を自己負担するのがイギリス、アメリカ型なのだ。
 自動車の保険も同じだ。かりに誰かが事故を起こしたとしても、加入者全員の保険料で助けるというのが日本型。若いドライバーは運転技術が未熟なので事故を起こしやすい、だから保険料も中年世代より高い、という具合にリスクを細分化したうえで個々に保険料金が設定されるのがアメリカ型だ。             、
 最近日本でも一般化したリスク細分型保険がそれである。これは一見、非常にフェアに見える。事故を起こしやすい若者のほうが保険料が高くて当然ーいわゆるアメリカ的なフェアネス精神である。
 しかし、本当にいいことばかりなのだろうか?
 短期的な視野で見れば、たしかに負担すべき保険料は安くなるかもしれない。だが、人生をトータルに見たらどうだろう?
 どんなドライバーにも未熟な時期がある。また、継験豊かなドライバーでも老年となれば事故の確率は高くなる。あるいは、視覚に障害を負ったり、身体が不自由になることもあるかもしれない。そうなったら、高額な保険料を負担するのはあなた自身だ。リスク細分の考え方が行き渡れば、マイナスの(と見なされた)障害やハンディを持つ人にとっては、実に暮らしにくい社会になる。
 人生全体・社会全体で考えれば、全員で等分の負担をする保険こそがフェアだとも言える。つまり、人生のどの時点を対象とするかで保険のフェアネスは変わってくるのだ。リスク細分型保険のフェアネスとは、契約者と保険会社が契約した時点でのフェアネスであって、ライフタイム全体で考えた場合には、とてもフェアとは言いきれないのである。

フレンチ・パラドックス

 「記憶がなくなるまで飲んでも、なぜ家にたどり着けるのか?」川島隆太、泰羅雅登、ダイヤモンド社、2007

P35

 有名な「百薬の長」の例として、フレンチ・パラドックスが知られています。簡単に言えば、赤ワインの効用です。これは、乳脂肪摂取量が高くなればなるほど冠動脈疾患の発症率も増える傾向が各国の統計で明らかになっていますが、フランスだけ、その発症率がほかの国に比較して抑えられているように見えました。どうしてそうなのかわからなかったのですが、赤ワインの消費量を重ねてみると、うまく説明ができたのです。
 フランス人は、他国の人々に比べて飽和脂肪酸とコレステロールを多量摂取しているにもかかわらず、冠動脈疾患による死亡率が低かったのですね。その理由を探っていったら、赤ワインに含まれる抗酸化物質、血小板凝集抑制物質の影響が見出されたわけです。
 ちなみに冠動脈疾患とは、虚血性心疾患とも呼ばれ「狭心症」と「心筋梗塞」がその代表例で、生活習慣病の一つとして恐れられています。動脈硬化症を原因とする血管の病気で、血管の内側が狭くなって心臓の筋肉への血液の供給が減少し、心筋が酸素不足となって胸痛発作が起こります。喫煙は、冠動脈疾患となるリスクを倍増させると言われています。
 フレンチ・パラドックスは、酒や健康にまつわるいろいろな風説がある中で唯一、酒の効能がきわめて科学的に認められた例ですが、赤ワインだけに限る話です。ほかの酒にはまったくこうした効能は認められていないと思ってください。 

ぼんやりしてるな!運は自分でつかめ!

週刊文春 2012.8.2P149私の大往生 やなせたかし 「みんなを笑わせながら、面白く死にたい」

 人間、七割くらいは運だよ。だから、その運をつかむべきなんだよ。ぼんやり、ぽかんとしていたらダメ。
 私の知ってるバレエの評論家が、あるとき「私、全然仕事がなくなった。どうすればいいんですかね」って言うから「今あなたには時間がいっぱいあるんだから、一つの研究テーマを決めて、それを暇な時間にずっとやればいい」ってアドバイスしたんですよ。それでフランスバレエ史の研究を始めたんだけど、そうしたら一年くらい経って「ありがとうございました。。研究を始めてしばらくしたら、仕事がどんどん入ってきた」って。
 仕事が来ないって奴は、ただぼんやりして、何もしてない。そういう人にはいつまでたっても来ません。仕事が来ないとすれば、その時間に何かやる。漫画でも同じで、発表のあてがなくても自分の作品を描いていく。絶えずやっていれば、運が向こうの方からやってくる。僕も仕事がないときは、朝から晩まで勝手に描いてました。それが結構役立つのよ。

フェノロサが見た北斎

「北斎の隠し絵」荒井勉、AA出版、1989、P209 

 幕府は鎖国を続けている。しかし、先に示したように葛飾北斎はオランダ人との接触があり、外国との交流は歴史の必然と考えていた。数年後には外国人が日本の開国を迫まる。それを佐久間象山との接触で、葛飾北斎は悟った。芸術の世界でも、西洋の手法と交流しなければならない。
 葛飾北斎は小布施で、次の芸術活動の方針を決めた。描く分野は、大板絵。描くテーマは、開国予測図。とはいっても、開国予測図は、直接的な表現で描くのは危険である。葛飾北斎は、師匠の得意であった「見立て絵」の手法を、初めて用いることにした。ただし通常の「見立て絵」は「過去」と「現在」までを二重に表現したものであった。が、葛飾北斎は、「過去」と「未来」という新しい二重映しの方法に挑戦した。
 フェノロサは、明治時代の日本に二十三年間滞在し、日本の美術を研究した。日本の画家を進化の理論に従って並べ終えた時、一つの結論に達した。
 「葛飾北斎は、一人、荒野に立つ予言者であった」
 フェノロサは、当時の新説である進化論を支持した人である。そして、日本画という純血種を、外来種から保護し続けた人でもある。浮世絵についてもフェノロサは、日本の池にしか棲まない純血種としてみなしていた。ところが、標本的な分類の中で、葛飾北斎だけは違っていた。淡水の池からはい出て、海の水に向かって歩き出している両棲類のごとき珍種である。そのことに、フェノロサは最後になって気付いた。

 西洋の絵が入ってきたために、狩野派の絵は絶滅の危機にあった。その狩野派を、フェノロサは保護した。狩野派のブレーンの中にいたフェノロサは、葛飾北斎の絵を最初は高く評価はしなかった。が、日本美術史の標本が完成した時、葛飾北斎なる人物の生態にフェノロサは、眼をみはった。狩野派は、西洋美術に対して何んの防備もしていなかった。しかし葛飾北斎だけは、西洋美術の上陸を待ち、闘う準備をしていたことを、晩年の絵の中に読みとっていた。
(院長註:フェノロサは狩野派に心酔しており、子供の名前を「カノー」と名付けたそうです。) 

北斎の隠し絵

 熊本県立美術館で5月19日まで「北斎展」が開かれているようです。それにあわせてか、先日テレビで葛飾北斎の特集をやっていました。そこで「北斎の隠し絵」荒井勉、AA出版、1989という本の存在を知りました。これが思いのほか面白くて、一気に読んでしまいました。

 長野県の小布施町にある北斎館にある「怒涛図」にはエンゼルの姿が描かれているそうです。

北斎の画し絵.jpg

「北斎の隠し絵」の表紙です。作家名の下、絵の右肩に小さく描かれているのが、そのエンゼルです。

 

 キリシタン禁制の江戸時代、キリスト教の宗教画として奇蹟的に残っているものが、40点ほどあるそうなのですが、その中にエンゼルが描かれたものは2点だけだそうです。1つは教科書でよく見るフランシスコ・ザビエルの絵、もう1つは天草キリシタン館にある「島原一揆の陣中旗」。そんなに少ないのに、北斎はなぜエンゼルをえがいたのか?北斎のメッセージを読み解こうという本です。

 北斎はオランダ人からも絵の依頼を結構受けていたようです。ドイツ人でありながら、オランダ人と称して日本に入ったシーボルトの名鑑にも北斎の名があるそうです。謝礼に舶来品を受け取ることもあったようです。

 シーボルトは長崎港で難破した船の中から日本地図がみつかったことで国外追放になっています。シーボルトの所蔵品の中から「武器・武具図帖」がみつかっています。日本人がどんな武器を持っているか教えることになるのでこれも国外持ち出し禁止の品物です。この作者が北斎と見られています。

 当時流行作家の柳亭種彦と親友でした。天保の改革で倹約令が出ているのに、種彦の屋敷が贅沢と奉行に踏み込まれた時に、北斎からもらった禁制の舶来物がみつかって、捕まり、取調べの拷問で亡くなり、幕府の追及を恐れて北斎は小布施に逃れたと作者は推測しています。 

 北斎は開国論者の佐久間象山とも交流があったようで、北斎が絵を、象山が漢詩を書いた作品が残っているそうです。

 北斎の弟子の本間北曜は英語が得意で、ジョン万次郎や前島密と親交がありました。北曜の英語力に薩摩藩は目を付けて、藩の英語教師に任命されます。北曜の西洋の知識は多いに西郷隆盛を刺激したことだろうと推測されています。

 小布施での北斎のスポンサーである豪商の高井鴻山は、若い頃、京都に学び、九条家と関係があり、倒幕運動に力を貸したのではと推測されています。

 結局、純和風のイメージのある葛飾北斎は、外国の情勢にも詳しく、将来は開国されるだろうと予測し、「開国予測図」の一部としてこの絵を描いたのだろうという推論でした。

ムンクの狂気

「怖い 絵」中野京子、朝日出版社、2007、P39

 ムンクは五歳で母親を亡くした。結核だった。次いで十四歳のとき、同じ病気で姉を失う。以来、父親は狂気に近い信仰心の虜となり、ムンクを怯えさせる。その父もムンクが二十六歳のとき死去し、やがて弟も亡くなり、妹は精神病院に入れられた。「病と狂気と死がわたしの揺りかごの上を漂い、生涯にわたってわたしにつきまとう黒い天使となった」との彼の言葉は、誇張でも何でもない。ムンク本人も子ども時代は虚弱だったし、長じては不安神経症や被害妄想に苛(さいな)まれ、過度の飲酒、いくつもの女性問題まで抱えた。一度など愛人とのもつれからピストルが暴発し(殺されかけたとも言われる)、左手の指の一部が吹き飛ばされている。
 このように死と狂気への不安が常にかたわらにあったため、とうとう彼は四十五歳で自ら進んで精神科へ入院するに至る。この決断は奏功し、心身の健康をとりもどして退院するのだが、皮肉なことに、それ以降八十一歳の高齢で亡くなるまで、もはや見るべき作品を残すことができなくなった。病める魂が鎮まるとともに、ムンクの天才も消えてしまったのだ。精神の死である狂気を恐れていた間は切実な表現が可能だったのに、その必要がなくなったとたん芸術の死を迎えるはめになった(幸か不幸か……)。

(院長註:「叫び」のムンクです。ムンクは若くして一流画家の仲間入りを果たし、今日に残る傑作のほとんどは三十代に描かれたそうです。「叫び」は三十歳の時の作品だそうです。) 

なぜ中国人は目先の利益を追い求めるのか?

「資本主義はなぜ自壊したのか 『日本』再生への提言」中谷巌、集英社インターナショナル、2008、P274

(前略)しかし、世界的に見れば、やはり日本のように長期的な利益のために、正直・勤勉であろうとする戦略を選択する社会は、まだまだ例外的なものだろう。
 中国に進出した日本企業が一番苦労した話としてよく聞くのは、中国の労働者たちに年功序列や終身雇用といった日本的システムの価値をいくら説明しても、なかなか理解してもらえないという話である。

 「企業の安定のために、なぜ我々が薄給に甘んじなくてはならないのか」
 「自分はこれだけ会社のために貢献しているのだから、もっと給料を上げてしかるべきである」
 このように考えるのが中国人の発想で、「今は将来の成功のために、みんなで我慢しよう」と説得しても聞き入れてもらえないというわけである。
 しかし、これは考えてみれば当然な話で、中国はつねに周辺民族との抗争を繰り返してきた歴史を持っている。今日は平和であっても、明日になれば騎馬民族が押し寄せてきて征服されたり、住み慣れた土地を追い出されるかもしれないのだから、今、手に入れられるものは手に入れておかねば安心できないと彼らが考えるようになったのも無理からぬ話であり、それが中国人の「最適戦略」であったわけである。
 したがって、中国人からすれば、日本人が「今は苦労をしても、まじめに働いていればきっとそのうちに報われる」と考えて働く姿はとうてい理解できない。一方、日本人の側もこうした中国人の内在論理が理解できないから、「中国人は強欲である」とか「中国人には協調性がない」と決めつけてしまいがちになる。
 これではいくら「真心から説得する」と日本人が考えても、日中の相互理解などありえるはずもない。なぜ、日本人は長期的戦略を選択するのか、なぜ中国人は短期的利得を目指すのかという理由をきちんと理解したうえで、中国人が長期的な信頼関係を選択できるような社内制度を構築するなどしないかぎり、「日本的経営」を浸透させることはできない。日本企業が本格的なグローバル経営の時代を迎えている中で、歴史や価値観の異なる諸外国において「信頼」をべースにした日本的経営をいかに普及させていくのか。この点の重要性はいくら強調しても強調しすぎることはないと思う。

ヨーロッパ人の発想はアメリカ人と違う

「資本主義はなぜ自壊したのか 『日本』再生への提言」中谷巌、集英社インターナショナル、2008、P179

 このような理念主導の考え方は同じ西洋人であっても、ヨーロッパ人にはないものであろう。
 すでに前の章でも述べたことだが、かつて、ヨーロッパ人も理性主義、近代合理主義の力を信じた時期があった。しかし、そうした近代合理主義に対する「信仰」は第一次大戦の勃発によって、無惨にも打ち壊された。
 いかに理性的に話し合い、平和条約によって戦争を防ぐ努力をしたところで、人間はかならずしも理性や論理のみに従うわけではない。しばしば感情的、情緒的、非合理的行動をするのが人間であり、理性やロジックだけで国際政治がうまく運営できないことをヨーロッパの人たちは嫌というほど経験してきたのである。
 また、さらに言えば、第二次大戦を惹き起こしたヒトラーのナチスは、当初、「民主主義」の旗を掲げて政権を握った。民主主義すら、時として危ういというのがヨーロッパ人の原体験である。「民族主義」「ナショナリズム」などの感情は、理屈抜きの感情であり、これを論理でねじ伏せるなどという愚行はこれ以上繰り返すべきでないという当たり前の結論にヨーロッパの人たちは到達したのであった。
 したがって、アメリカがいかに「これはグローバルースタンダードである」とアピールしたところで、ヨーロッパ人は「なるほど、それは理屈は正しいかもしれないが、人知では知りえない落とし穴があるのではないか」という発想をする。さらにいえば、どんな崇高な理念であっても、各国にはそれぞれ独自の事情があるのだから、それを無視して理念を強引に押し通すのは幼稚なことである、という発想になる。
 ヨーロッパの人たちがアメリカ人の強引な行動に眉をひそめ、「アメリカ人は歴史に学んでいない」と感じるのは、彼らには理性だけでは説明しきれない苦渋に満ちた歴史があるのに、アメリカ人にはそのような挫折の経験がないからなのである。

 アメリカ人はそのようなヨーロッパ人の冷ややかな眼差しに気づかない。たとえ気づいたとしても「それは訳知り顔の敗北主義にすぎない」という発想をする。あくまでも理念を貫き通し、自らが信じるものを世界に広げるのが国家の使命ではないかというわけである。

アメリカの持つ一面

「資本主義はなぜ自壊したのか 『日本』再生への提言」中谷巌、集英社インターナショナル、2008、P194

 すでに一九世紀半ばにペリーは浦賀に来航して、日本を砲艦外交によって無理矢理に開国させたわけだが、実はアメリカおよびアメリカ海軍にとって、日本を開国させることによって得られるメリット、すなわち国益はほとんどなかった。だが、アメリカにとっては、そうした打算よりも重要なものがあった。それは文明的に遅れている日本人を教化し、世界の一員に加えるという崇高な使命である。もちろん、そうした「崇高なる使命」というのは、アメリカの独り合点、自己満足にすぎない。しかしながら、大砲で開国を迫るといった乱暴なことをやることに何の躊躇も感じないところに、アメリカのアメリカたるゆえんがある。

そうだったのか!眼からウロコの糖質制限食

糖質制限.jpg

 ①「主食をやめると健康になる」江部康二、ダイヤモンド社、2011

 ②「50歳からは炭水化物をやめなさい」藤田紘一郎、大和書房、2012

 上記2冊の本を読みました。①は内科医に薦められて、②は同じようなことを言っている本があったと自分で思い出して。

 お二人とも医師です。お二人とも糖尿病にかかられて、炭水化物をとりながらカロリー制限をするという糖尿病学会のガイドラインどうりにやってみたが治らず、自分の判断で糖質(砂糖や炭水化物)制限を自分の身体で試して良くなったという経験をお持ちです。

 糖質制限食になると白米、うどん、ソバ、パン、パスタ、砂糖などすべて禁止。藤田先生は芋類、バナナはOKですが、江部先生はそれも禁止。おかずのみの様な食事になります。焼肉のたれ、ソース、魚の煮付けとか砂糖を使っているものもすべて禁止になります。小麦粉を使う揚げ物の衣、トロミつけの片栗粉もすべて禁止です。寿司飯には米、砂糖、米酢を使いますので、ダメ。カレーはルーに結構小麦粉が入っているのと、ライスで二重にダメ。

 分量的には、藤田先生は食べすぎは良くなく、肉は週2〜3回と言われていますが、江部先生は8,9割の人にカロリー制限は必要なく、体重は減少するので好きなだけ食べて良く、極く一部の体重の減らない人だけカロリー制限をすれば良いと言われています。

 酒呑みにうれしいのはお二人ともアルコールOKということです。藤田先生は一日2合までなら休肝日はいらないと言われています。江部先生はビールや日本酒は醸造酒なので糖質が含まれており飲んではいけませんが、蒸留酒は糖質が含まれていないので、焼酎、ウィスキー、ブランデー、ジン、ウォッカ、糖質ゼロの発泡酒はOKとのことです。砂糖やシロップの入った酎ハイやカクテルはダメです。清涼飲料水の類も砂糖が入っているのでダメです。例えばモスコミュールなどもジンジャエールを使っているのでダメということになります。

 江部先生の本には血圧が下がった例や、γーGTPが下がった例が出ています。

 藤田先生は若い人には炭水化物は必要と明言しています。江部先生は腎臓、すい臓の悪い人に糖質制限食は適しないと言っています。

 当ホームページでも粗食が良いのか悪いのか?肉食が良いのか悪いのか?議論の的になってきましたがピントはずれでした。「50歳を過ぎたら糖質制限食」これで決まりでしょう。江部先生の本には糖質制限食にしてプラーク(歯垢)が付かなくなったと出ています。歯科的にも非常に良いことだと思います。

 院長も始めて2週間程度です。最初は食べるものに困りましたが、だいぶ何を食べればいいのか分かってきました。成果は後ほど報告させていただきます。

江副浩正さんの実母

「あぶく銭師たちよ! 昭和虚人伝」佐野真一、ちくま文庫、1999

P10江副浩正は昭和十一年六月十二日、江副良之、マス子の長男として、母親の郷里の愛媛県越智郡波方村(院長註:現今治市波方町)で生まれた。(後略)

P12江副良之は日露戦争が勃発する前年の明治三十六年七月十八日、佐賀市赤松町で生まれた。大正十二年、佐賀中学から同校の物理の助手を経て、九州帝国大学に併設された第八臨時教員養成所に進んだ良之は、同所を卒業後、今治実科高等女学校(現・今治明徳高校)教諭として、以後五十二年間にわたる教員生活のスタートを切った。最初の赴任校、今治実科高等女学校の教え子が浩正の実母・旧姓菊川マス子である。

(院長註:地元ではわりと有名な話の様で、院長も母を通じて親戚筋から聞いたことがあります。2月8日に亡くなられたそうで、ご冥福をお祈り致します。それにしても例の佐野さんですが、すごい題名ですね。)

歯冠形態を決めるもの

扁平な大臼歯.jpg

右上6番7番の頬側の歯に注目して下さい。過剰歯なのか8番なのか?こんな扁平な大臼歯部の歯、初めて見た気がします。スペースがないところに無理に出るためにこんな形になったのでしょうか?

競争時代に勝ち残るコツ

「君たちに伝えたい3つのこと」中山敬一、ダイヤモンド社、2010、P81

不況に打ち勝つ、たった一つの方法
 私が医学部に在籍していた頃、とても厳しい先生がいて、学生の半分くらいが落第するという試験がありました。「半分が落ちる」と聞いて学生は皆戦々恐々だったのですが、私は全然不安ではありませんでした。絶対に通る方法があるのです。

 それは簡単で、試験で一番を目指せばいいんです。調子が悪くても二番か三番、どんなに体調が悪くても最低十番には入る気合で勉強していけば、半分も通る試験なんか全然怖くありません。落ちる人は初めから何とか上半分に入ろうとして勉強に甘えが出てしまい、当日の調子が悪いと下半分に入ってしまうのです。
 現在の不況の状態は、「半分が落ちる」試験のようなものです。好況のときは誰でも通りますが、不況といっても全員が落ちる試験ではないのです。だったら、トップを目指せば、不況だからといって職を失うこともないでしょう。不況を恐れる必要などまったくありません。自分ではどうすることもできないこと(景気)に思い悩むより、目の前の「自分がやれること」に集中するほうが生産的です。

じゃ、医歯学部には行かない方がいいのか?

「君たちに伝えたい3つのこと」中山敬一、ダイヤモンド社、2010、P107

医学部で受ける教育は絶大な力につながる

 医学部出身者が科学の道に進むこと。それはほかの学部の人たちよりも、スタートが2、3年遅いというデメリッ卜があります。
 しかし、その遅れをもってしても、大きなメリッ卜があります。
 そのメリットはもっと本質的で大切なものです。

 医学部で受ける教育というのは並大抵のものではありません。まず解剖学(=構造)や生理学(=機能)を習い、その異常としての病理学や臨床医学を習います。つまり人間という一つの生物に関して、構造・機能について正常・異常をありとあらゆる角度から徹底的にたたき込まれます。
 その結果、人間という生物に対して「個体レベルでの理解」が感覚的に芽生えます。これは他学部の人には絶対にない感覚で、それを独学で学ぶことぱまず不可能です。知識の量が膨大なだけでなく、実際に解剖したり、患者を診なければわからないことばかりだからです。

 例えば、「骨」。皆さんは骨というとどんなイメージをお持ちですか?
 医学部以外の学生に骨の絵を描かせてみると、ほとんどが漫画レベルの絵を描いてきます。

 ところが医学部出身者の骨に対する理解は全然違います。医学部に入って初めに習うのは解剖学の骨学なのですが、そのときに一本の骨にも溝があったり、穴があいていたり、突起があったり、ざらざらした面があったり、つるつるした面があったりといろんな特徴かあることを学びます。
 そしてそれらは血管や神経の通り道だったり、筋肉の付着部位だったり、関節の形成面だったり、すべてに意味があるものなのです。
 そのようにして人体の不思議さと機能美に触れ、自然と個体レベルの理解が深まっていくのです。

 2、3年の回り道ですが、この「個体レベルの理解」はライフサイエンスをおこなっていく上で絶大な力を発揮します。私は以前医学部に行ったことを非常に後悔した時期もありましたが、今ではそんなことはまったく思いません。

 医学部を出て研究をすることは、時間のハンデかあるにもかかわらず、そのメリットは非常に大きいのです。

 医学部のメリットはそれだけではありません。
 研究は基本的にハイリスク・ハイリターンの世界なのに、医師免許を持っているだけでローリスク・ハイリターンの世界に変化します。これは研究者として最高の環境であることをおわかりいただけるでしょうか?

34才で九州大学生体防御医学研究所教授

 先日ニュースを見ていましたら、九大教授が何かに成功したというニュースで記者会見をしている映像が映っていました。この人見たことある、と思って調べてみたら、同期の医学部でした。同期と言っても、同じクラスではありませんでしたので、あまりよくは知りません。以前から九大教授に若くしてなった同期の医学部出身がいるとは聞いていました。ホームページがあったので、見てみるとこれが良い内容でした。理系の学生さんは一度見た方が良いと思います(特に教授からのメッセージ)。ホームページに本を出しているというので買ってみました。本の帯に「『内容が過激すぎる』と専門雑誌の掲載がボツになり」と書いてあります。九州大学生体防御医学研究所分子医科学分野の中山敬一教授です。ホームページによるとなんと34才で教授になったそうです。さらに言えば、32才の時に、某国立大学医学部から教授ポジションのオファーがあったそうです(P208)。ある理由から断ったそうですが。

「君たちに伝えたい3つのこと」中山敬一、ダイヤモンド社、2010、P105

 私は医学部4年生のときに、免疫学の講義に感銘を受け、夏休みや春休みを利用して研究室に出入りし、実験をさせてもらいました。この体験を通じて、研究者の道を歩もうと心に決めたわけですが、実は私も「2〜4年間臨床をしてから、研究の道に進もう」という中途半端な考えを心に秘めていました。
 当時、東大には多田富雄先生という免疫学の大御所がいて、一度面接していただいたことかあります。そのときに、「2〜4年臨床をしてから基礎に行きたい」とのたまわったところ、「こんなにサイエンスの世界が革新的に進歩しているのに、2年も無駄にしてどうするんだ」と叱られました。
 今から20年前の話です。もちろん現在のほうが20年前と比較にならないくらい、ものすごいスピードでサイエンスは進歩しているのです。

 研究者に出身学部の壁はありません。いったん研究者を目指した瞬間から、ライバルは医学部出身者だけではなく、理・薬・農・工学部出身者との競争になります。
 しかし彼らの卒業は22歳で、大学4年生で研究室に配属されるところも多いので、実質21歳で研究の道に入ることになります。それに対して医学部教育は6年間あり、どんなに早くとも卒業は24歳です。

 医学部生が卒後すぐに研究を始めるとしても、すでに3年のハンデがあるのです。そのハンデは決して挽回不可能なものではありませんが、かなり大きいことは事実です。なのに「とりあえず2、3年研修医をしてから、基礎研究にいくかどうか」なんて迷っているのは、まったくばかげています。
 5、6年も遅れてしまったら、もう取り返しがつきません。だって医学部に通う人が大学院に入学するときに、相手はもう大学院を卒業してプロとしての第一歩を踏み出しているのですよ。

 私の大学院時代、とても優秀な理学部出身の同級生がいました。当時、私の指導教官いわく、「中山君、すでに3年のハンデがあるからすぐに追いつけとは言わないが、5年後には追いついていなければ研究者としてはダメだよ」と言われました。
 つまりその理学部出身の同級生が8年かけていく道程を5年で行けというわけです。それだけでも厳しいのに、さらに2、3年も遊んでいたら、と思うと今でもぞっとします。多田先生に叱られたおかげて、最低の選択をせずにすみました。

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