週刊朝日2015.7.10.P116マリコのゲストコレクション 林真理子さんと平田オリザさん(劇作家、演出家)
林 平田さん、今は大阪大学と・・・・・・。
平田 東京芸大で教えています。06年から7年間は阪大の教授をやらせてもらって。
林 私たちの周りにも、すぐ「特任教授」って名刺に刷る人がいますけど、平田さんは……。
平田 ちゃんとした教授でした(笑)。中枢の大きな大学で専任教授として仕事をさせてもらったのは、すごく勉強になりましたね。今は専任ではなくなりましたが。
林 阪大の学生さんは、どういうことを望んでるんですか。俳優志望でもないでしょう?
平田 僕の授業をとってる学生の半分以上は理系なんです。
林 えっ、理系の学生さんですか。
平田 大学院のコミュニケーションデザイン・センターといって、科学者の卵たちにコミュニケーション能力をつけさせようというところなんです。今の科学者はワークショップや講演会で市民に研究内容を説明することを義務づけられているんですが、日本の学者は慣れていないので。僕みたいな劇作家とか、デザイナー、ダンスのプロデューサーとかを入れて指導しているんです。
林 演じることを学ぶことで、どういうメリットがあるんですか。
平田 僕は基本的に、人間は演じ分ける生き物だと思っているんです。たとえば看護系や福祉系の大学だと、「患者さんの気持ちがわからない」と言ってやめちゃう子がいるんです。自分の生活があって、それから職業があるはずなんだけど、まじめな子ほどその区別がつかなくなる。僕は社会的な役割を演じ分けるのが、大人になることだと思うんです。
林 患者さんの家族を演じたり、患者さんを演じたり、いろんな立場の人を演じ分けるそうですね。
平田 はい。今はどこの医学部でも、医者と看護師と患者さんの立場でがん告知のロールプレイをやるんですけど、僕の場合、「家に帰った患者さんが家族にどう伝えるか」という劇をつくってもらったりするんです。
「それは考えたことがなかった」ってみんな言いますね。
林 なるほど。
平田 糖尿病学会で啓発劇をつくっていた先生が僕のところに修業に来たんです。最初のうちは「お菓子を食べた患者さんにどう注意するか」という単純な劇をつくってたんですけど、そのうち「患者さんには、シングルマザーの娘がいて、娘が働いている間は患者さんがお孫さんの面倒をみている。今日は患者さんの誕生日で、お孫さんが初めてケーキを焼いてくれた。そのケーキ、どうする?」という、ちゃんとしたドラマになっていくんですよ。
林 ほう・・・・・。
平田 患者さんにはそれまで生きてきた人生があります。それを無視して一律に治療にあたれない。演劇を経験することによって、そこを思いやる力がついてくれるといいなと思ってるんです。
林 素晴らしいですね。今日、うちの夫が「電車がいつも遅れる」と怒り狂ってましたけど、怒りの演技でもやって、愚かしさに気づいてくれるといいんですけど。
平田 アハハハ。ちょっと引いてみることができると、多少余裕ができるかもしれないですね。「役割を演じると聞いてラクになった」という学生は、けっこういます。
林 お話を聞いてると、だんだん平田さんに引き込まれちゃうんですけど、よくおっしゃる「対話の技術」って、こういうことなのかしら。
平田 どうでしょう(笑)。自分ではあまり意識してないんですけど。僕は高校生とか、障害を持った方、高齢者向けのワークショップを年間100回ぐらいやってて、それで鍛えられたのはあるかもしれない。高校生なんか、つまらなかったらすぐ寝ちゃいますからね。
林 私もときたま出張授業に行くと、まあ、高校生なんて話聞いてくれないですよ。平田さんは、どういうことをなさるんですか。
平田 僕自身は演劇がフィールドなので、ワークショップの手法と技術を持っていて、双方向の授業を2時間とか3時間、長いときは丸1日やったりしますね。
林 子どもたち、楽しんでやってくれます?
平田 小学生は天使のようですが、中学生は難しいですね。でも、基本的に子どもは演じることが好きですから。おもしろいのは、たとえば喧嘩していても演劇って幕があいちゃうから、どこかで妥協点を見いだしていく。観客は絶対待ってくれないから、なんとか問題を解決していく。社会で生きることと同じです。
林 なるほど。
平田 海外、特にイギリスなどでは、演劇が教育の一つとして使われているんです。その点、日本はまったく遅れた状態にあります。
林 イギリスはすぐれた俳優に「サー」がつくし、演劇人に対する尊敬の念がありますよね。
平田 でもあれも戦後からで、大英帝国が崩壊していく過程で、国民を統合する方法の一つとして「シェイクスピアの国・イギリス」が再生されたんです。もちろん伝統はあるんですけど、演劇が公教育、つまり小中学校の教育に入っていったのは戦後です。昔は演劇は、どこの国でも超エリートと下層階級のものなんですね。中間層が出てこないと、本当の意味での市民の演劇にならない。
林 日本の歌舞伎は・・・・・。
平田 歌舞伎はものすごく特殊です。都市がないとあんな娯楽は成立しませんから。18世紀にチケットを買って劇場に演劇を見に行くシステムを持ってたのは、ロンドンとパリと江戸、大坂、京都ぐらいだと思います。
林 そうなんですか。
平田 ドイツだって、17、18世紀は王様がオペラをつくって庶民にタダで見せてたんですね。江戸の庶民は相当水準が高かったと思いますね。
林 今、東京は世界一の演劇都市と言われてますけど。
平田 数と種類の幅は世界一だと思います。ただあまりにもパラパラで。
林 歌舞伎から小劇場、商業演劇まで、こんなに多種多様なものをみんなが見に行くって、珍しいですよね。
平田 そうですね。ニューヨークはブロードウェーに、ソウルは大学路というすごく小さい地域に劇場が固まってるんですけど、東京はあまりにも広いので、外国の人はどこに行けばいいのかわからない。そこはまだまだ弱い点ですね。