陸前高田から

週刊ビッグコミックスピリッツ平成29年5月1日号「広げよう 復興の輪!」ひとりひとりが見た復興の今。

○佐藤一男(51)陸前高田市米崎小学校仮設住宅自治会長/岩手県

 東日本大震災発生から6年が経ちました。色々な形で多くの皆様に支えられた時間です。この場をお借りして御礼申し上げます。

 6年前、陸前高田市では市役所、中央公民館、体育館、病院など避難施設となる建物も津波にのまれたため多くの犠牲者を出してしまいました。市役所や病院などの公共施設の半数は今も仮設施設で対応を続けています。消防施設やコミュニティーホールは本設し運営していますが、体育館などは今もできていません。津波がすべてを奪い市街地のすべてを失いました。住民の住宅再建を優先したため、商店街もいまだに仮設商店街が市内に分散している状態です。

 しかし、最大の問題は建物ではないと感じています。震災からの6年間に多くの高校生が陸前高田を離れました(陸前高田市には大学も専門学校も高収入が見込める就職先もありません)。中学高校と、被災地と呼ばれガレキが重なる町で暮らし卒業した若者は、陸前高田に戻ることはあるのでしょうか。

 自分たちも一度は陸前高田を離れました。陸前高田を離れてみて初めて、海のありがたさ、山のありがたさ、高田松原のありがたさ、親戚からもらうリンゴや牡蠣やホタテのありがたさを感じました。それまで「あってあたり前」だったのです。

 離れて初めて、何も無いと思っていた陸前高田にも自慢できるものがあることを知ります。他の地域には無いということを知った時に「故郷がプライドになる」んです。陸前高田を震災後に離れていった若者は、そのプライドを持てずに旅立っていきました。はたして、数年後に彼らは戻ってくれるのでしょうか。この問題を解決するのに必要なのは時間だけでしょうか。本当の復興には若い力が必要です。残ったものだけで、なんとかするなんて先が見えています。子供たちにプライドを持ってもらえる環境は、いまだに整っていません。それが、今の陸前高田です。

人の声、行動一つ一つがこんなにまで温かいんだと・・・

週刊ビッグコミックスピリッツ平成29年5月1日号「広げよう 復興の輪!」ひとりひとりが見た復興の今。

◎古澤愛(32)主婦/熊本県阿蘇郡

 被災してすぐは毎日のように泣いていました。住んでいた家から離れ実家に避難。自宅への道がなくなり立ち入り禁止。どうなっている確認することもできない。不安な中、私を笑顔にしてくれたのは子供たちの笑顔とお腹の赤ちゃんの胎動でした。私が暗い顔してたら、子供たちの笑顔まで失ってしまう。そう思い、できるだけ笑顔で過ごすようにしました。周りの方の励ましの声や家族との時間が、私を心から笑顔に変えてくれました。

 なぜ熊本が・・・。何度口にしたことか、今まで色んな場所で震災が起こるたびに大変だな、可哀相と思っていただけで、たいした支援もできないでいました。今回の震災で、人の声、行動一つ一つがこんなにまで温かいんだと感じることができました。今はみなし住宅に住んでいますが、できるだけ早く戻り、地域の方と一緒に村を盛り上げていけたらと思います。

小エビのガーリックソテー

小エビ.jpg小エビの新鮮なものが手に入ったら、小エビの髭のような触覚を取って、オリーブオイル、ニンニク、鷹の爪で基本のイタリアンのガーリックオイルを作り、










ガーリックソテー.jpg

ソテーして、塩こしょうで味付けをして出来上がり。これでも立派なイタリアン。













 

阿蘇神社復興支援

週刊ビッグコミックスピリッツ平成29年5月1日号「広げよう 復興の輪!」ひとりひとりが見た復興の今。

○中島昌彦(35)阿蘇神社復興支援代表・映像ディレクター熊本県阿蘇市

 実家の阿蘇市に帰省しているタイミングで熊本地震に遭遇し、実家の側にある阿蘇神社でボランティア活動を続けています。神社という場所を震災まで特に意識したことはありませんでしたが、お宮参りや七五三、結婚式など人生の節目に関わってきた場所が潰れてしまい、居ても立っでもいられず活動を始めました。

 国の重要指定文化財の建物に対して行政の復旧支援が決まる中、指定されていない建物は全額神社の自己負担。その額は数億円にのぼります。その状況を知っていただく為に神職の方や地元の方のインタビューを短い動画にまとめ、ユーチューブで配信しています。再生するたびの広告収入が全額、阿蘇神社に寄付される取り組みです。この活動は、募金をせずとも見るだけで支援につながりますので、ぜひご覧いただければと思っています。

元ベガルタ仙台監督手倉森誠インタビュー

週刊ビッグコミックスピリッツ平成29年5月1日号「広げよう復興の輪!」小学館

スポーツが持つチカラVol.2

元ベガルタ仙台監督手倉森誠インタビュー

東日本大震災を仙台で経験した手倉森誠監督。震災から6年。当時を振り返ってもらい、さらに、被災地にあるクラブを率いて感じたことを語ってもらったーーー

 スポーツには、地域の人々を豊かにしたり。人間形成をしたり、そういったチカラがあると思います。2008年にベガルタ仙台の監督になった時、私はチームスローガンを「感動一体」にしました。チームだけでなく、地域も一体とさせる狙いがあったのです。物事を「感じる」チカラを持つ人間を多く育てていきたい、だからまずはチームで一体感を出し、それを外に広げていく。それが私の監督としてのベースです。そのために私は、仙台ではなく「東北、東北」と言っていました。

 2011年3月11日、東日本大震災が起こりました。

 その時期は、選手もまだおぼろげにしかスローガンを理解していなかったと思います。震災が来て初めて、選手たちはみんなの苦しみを感じて動かなくてはいけないことをわかったと思います。ですので、このスローガンにしてよかったと思いました。

 震災翌日はスタッフでクラブハウスを掃除したんです。Jリーグが再開するということが発表されたあとは、余震がある中すぐにキャンプ地を探しに行きました。車を飛ばして千葉へ。なんとか確保できましたが、でも車中で気付いたんですよ。どうも頭が重い・・・実は、熱があったんですね全く気づかなかった(笑)。そんなことも忘れるくらい震災直後は動いていましたね。

 べガルタの再開初戦は4月23日の川崎フロンターレ戦に決まりました。だから練習しないといけないのだけれど、復興支援もしたい。通常であればキャンプをしていたら午前も午後もみっちり練習するのですが、そんなことは考えませんでしたね。泥かきや瓦礫処理を手伝って練習もして。サッカーの技術を上げるよりも、人間力を上げるために、それが必要だと思いました。でも、そうすると結果的に1回の練習の質がものすごく上がったんです。

 Jリーグ再開後、忘れられない試合がありました。

 2011年4月29日、震災後の最初のホームでの試合。相手は浦和レッズで、アウェー席は赤いユニフォームを着たレッズサポーターでいっぱいです。いつもだったらアウェー席からはレッズコールが鳴りやまないのですが、ペガルタの選手がピッチに上がると、なんと浦和のサポーターから拍手が起きたんです。さらに感動したのは、観客がホームもアウェーも関係なく手を取り合って、両手を上にかざしたのです。あれには本当にグッときましたね…サッカーファミリーと呼ばれているサッカーファンの絆の深さを感じました。

 その後、チームは非常に好調でしたが、夏場、4試合連続で引き分けるなど勝てなくなってしまいました。理由はガス欠です。そこで私は「突っ走って勝ち続けられるようだったら化け物だろ。お前たちは人間だ。自分たちがミラクルを起こせるわけではないことを思い知らないといけない」と選手たちに話しました。「これまで勝ってこれたのは、ベガルタが強くなったんじやない。仙台サポーターはもちろん、相手チームサポーターも仙台が勝ってほしいと思ってくれているからだ」とも。

 熊本の震災後、私は熊本に行って、ロアッソ熊本のスタッフにその時のことを話しました。そして、「絶対にやりすぎてはいけない」と言いました。パンクしてしまうからです。特に地元に強い想いがある人は、俺がなんとかしてやると思ってしまいます。でも、一人では何もできません。だから仲間を作らないといけないと思います。

 スポーツクラブは、うまくいけば被災地の「希望の光」になりえるんじやないかと私は思っています。でも、復興は時間がかかるので長期戦で考えないといけません。地震は、1回来たからといってまた来ないわけではない。そういったことも考えながら復興しなくてはいけません。

[Proflle]1967年、青森県生まれ。49歳。2008年にベガルタ仙台の監督に就任すると2年でJI昇格を決める。2012年にはチームをリーグ2位に導く。リオ五輪日本代表監督を経て、現在は日本代表コーチ。

震災復興への提言

週刊ビッグコミックスピリッツ平成29年5月1日号「広げよう 復興の輪!」ひとりひとりが見た復興の今。

O西島大次郎(72)建築・都市計画家/東京都 これまでの震災復興の経験からの提言を述べます。まず、復興のターゲットを明確にする。時間と予算と安全を総合的に決断することです。例えば城郭の再建を、歴史的に忠実に20年の歳月と500億円を費やすのか、観光をメインとした耐震コンクリート造りですますのかの選択です。また、最重要なインフラは、できるだけシンプルな単一構成とする。鉄道敷や幹線道路と、大型建築物を複合したコンプレックスは非常識。分かり易い表現で言えば、JR駅舎上の駅ビルなどは最も危険です。建築物の被害が交通幹線を長期間分断してしまうからです。このことは特に、予想されている首都圏直下型地震での大きな要因となります。

震災によってむきだしに

週刊ビッグコミックスピリッツ平成29年5月1日号「広げよう 復興の輪!」ひとりひとりが見た復興の今。

○東野真和(52)新聞記者/熊本県南阿蘇村      

 東日本大震災で岩手県大槌町に駐在し、熊本地震の後は南阿蘇村に駐在。東北にも通って両被災地の記事を書いています。大槌町は人口の1割弱を失い、南阿蘇村は全戸の3分の1が全半壊しました。震災によって、家族とは、政治とはなど、色んなものがむきだしになったのを感じます。そして、被災地の抱える課題は日本の課題と重なります。復興は、新たな実験の機会でもあります。日本の将来に役立つ種をまく場所でもあります。震災で郷土愛を再認識し、復興に役立ちたいと思う人たちもいます。読者のみなさまも、そういう目で関心を持ってもらいたいし、被災地を訪ねて友達を作ってください。

カードローンほんとやばいよ!

カードローン批判.jpgカードローンで銀行がサラ金と変わらないことをしているということは本ホームページでも取り上げてきました。院長は週刊朝日で知ったのですが自分がカードローンでお金を借りていることにも気が付いていませんでした。左の写真は熊本日日新聞の平成29年8月24日(木)朝刊28面の記事です。「銀行版サラ金」強まる批判の見出しです。

院長が入っていたカードローンはバックアップカードローンと言って引き落としの時に銀行にお金を入れ忘れていたら自動的に銀行からお貸ししますよというものです。金利12%以上で。サラ金の金利は16%ですから、それに近いですね。ちなみにマイカーローンは1.2%です。勧められるままに入りましたが、窓口の人にこの前聞いてみました。「カードローンの金利はいくらですか?」「調べないとわかりません。」わからないで勧めているのです。

カードローンの実態をますます広めて、銀行がいかに信用ならないかを知らせていかなければいけません。

この失った信頼を回復するのは並大抵のことでは不可能ですよ。

 

 

 

 

 

驚いた!日比逮捕

同期歯学部のメーリングリストでメールが回ってきて、開くと1期下の日比名古屋大学医学部歯科口腔外科教授が逮捕されたということです。ここ。寮で一緒でした。数年前名大助教授時代に九州御茶ノ水会に呼んで昔話に花を咲かせました。後に名大で教授になったと聞いて喜んだものです。旧帝大の医学部教授などおいそれとなれるものではありません。自慢の後輩でした。

本当の事情はわからないけれど、状況から見るとどうみても娘が悪い。同居している父親を殴られるほど怒らせたら駄目。飯を食わせてもらってるんだろ。直ちに家を出ろ。成人しているのだから独立しろ。

告訴でもなければ逮捕まではならないそうだから、告訴までしといて親に恥をかかせて飯を食わせてもらうっていうのは理屈にあわんだろ。叩き出せ。公園でもマンガ喫茶でもどこででも寝ろ。院長も怒り爆発です。

3年前に1回相談しても、3年前から相談になるし、少なくとも3年間は逮捕されていないのだから、それを日常的て興奮した娘の一方的な言い分を鵜呑みにしてはだめです。

大体全治2週間てどれほどの怪我なの?

ラグビーファンを増やせ!

ラグビーファンを増やせ2.jpg平成29年8月19日(土)熊日夕刊9面です。日本ラグビーフットボール協会が2019年の日本開催のラグビーワールドカップに向けて盛り上げようと動画を作ってくれました。おもしろいのでここからご覧下さい。頑張って盛り上げていきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

びっくりしました。カードローンで借りていました。

院長のちょっとイイ話3−Yに書いて自分には関係ない話と思っていたカードローン。カードローン通帳BackUpというものを持っていることに気づきました。しかも借入金の残高が43万近く。即刻返金しました。必要のない金を借りて毎月の利息が4〜5000円。5000円としても年間6万円。金利は12%以上ということだからサラ金の16%とそう変わらない。「○○銀行カードローン」のCMを見るたびに「○○銀行はサラ金もやってます。」と見えてきてしまって気持ちが悪い。前のキャッシュカードはBackUpと書いてあったのでもう使えない。新しいカードを作ってもらおうとしたら「○○○という機能をつけられるのをご存知ですか?」もういいよ。前もBackUpという機能をつけてカードローンに誘導された。詐欺師と会話している感じ。「何もつけなくていいです。」

皆さんもカードローンに関わっていないかどうかもう一度ご確認ください。必要のない利息を払っている可能性がありますよ。

加計学園見てきたよ

小国ゆうステーション.jpgお盆休みに墓参りに今治に帰ってきました。最初のトイレ休憩は小国ゆうステーション。地域のランドマーク的な建物です。逆三角形で全面鏡張りです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加計学園1.jpg

 

実家より直線距離で1km

ぐらい。話題になっている加計学園獣医学部の進捗状況を見てきました。こんなに立ち上がっていました。本気で来年4月開学を目指しているのが伝わってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加計学園2.jpg

緑に隠されたむこうでも建物は立ち上がっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

加計学園3.jpg

愛媛で岡山は変ですものね。現場では理大と表現されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長浜町.jpg熊本ではありません。愛媛県大洲市長浜町で見つけた自由の女神。「がんばろう!熊本」のたすきがかかっていました。涙が出るほど感動しました。ありがたい。他にも熊本県民が気付いていない日本中からの応援はあるのだろうなと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鯛茶漬け.jpg帰りの昼ご飯。道の駅佐賀関の鯛茶漬け税込み700円。徳利に入っただし汁をかけます。おいしかったです。大分うまいの連発。やっぱり大分はおいしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少子化に大学新設?

週刊朝日2017.8.4P18限界国家ニッポン

  ある中国地方の市は、かつて市内に誘致した大学に頭を抱えている。若者の流出を防ぐためだったが、少子化で今や学生確保もままならない。地方議員は嘆く。

「定員割れが続き、経営に影響が出始めてる。大学が潰れたら若者がさらに減るから、市としては何とか大学を存続させたい。施設費など、いろいろな名目で数千万円規模の補助金を出しているが、いつまで持つか・・・」

 こうした悩みは、全国の多くの地方の大学に共通する。国内で1992年に205万人いた18歳人口は、今や約120万人。近年は横ばい傾向だったが、2018年以降さらに減り続け、31年に100万人を割り込むと見込まれる。

 若者の減少は大学経営に直結する。日本私立学校振興・共済事業団の調査では、全国の私立大学の44.5%が16年度に定員割れ。教育情報を提供する大学通信の安田賢治ゼネラルマネージャーは言う。

「学生の集まらない私立大のなかには、自治体に経営権を渡して公立化する学校もあります。09年の高知工科大を皮切りに、8大学が公立化しました。公立化で学費が下がって受験者は増えますが、自治体の財政負担増は避けられません」

(院長註:加計学園問題で今治市の名前が出てくる度に大丈夫かなと心配になります。)

熊本地震を振り返って 指原莉乃×くまモン

週刊ビッグコミックスピリッツ平成29年5月1日号「広げよう 復興の輪!」

熊本地震を振り返って・・・熊本でコンサートを!

指原 熊本を中心に大きな被害があったと知ったときは、とてもショックでした。すぐにグループとして支援に行きたいとスタッフさんに提案したのですが、私たちが公式に訪問することで起きる混乱や、余震による更なる被害なども考慮して叶えられず、もどかしい時間を過ごすことになりました。

くまモン ボクもしばらくは活動をお休みしたモン・・・。こどもの日の5月5日、被害の大きかった西原村の保育園訪問から活動を再開したモン。避難生活を送る園のお友だちやお年寄りの皆さんとふれ合うことが、ようやくできたモン。

指原 これは初めて話すことなのてすが、地震から一か月経ってから、プライベートで益城町の幼稚園を訪問させていただいたんです。自分に何かできることはないかと、いてもたってもいられなくなって、行動を起こしました。

 私が訪問することは直前にしか知らせなかったのに、園児のみんなが一生懸命歌の練習をしてくれていて。ありがちな気をもらうことができたんです。

 実際にこの目で被害状況を目の当たりにしたこともあり、とても心に残る訪問になりました。

くまモン さっしーの気持ち、うれしいモン。ボクも、みんなからたくさんの元気をもらったモン!

指原 当初、8月4日に熊本県立劇場でHKT48がコンサートを行う予定があったのですが、震災による会場の破損で開催が延期に。楽しみにしていてくださった熊本の方に申し訳ないと思って、熊本城二の丸公園でのイベントを計画したんです。でも、そのイベントも。悪天候の影響で1時間で中止になってしまって・・・。熊本ではまだコンサートができていないことが本当に心残りなんです。

くまモン そうだったんだモン。

指原 3年くらい前に、くまモンのツイッター宛に、「HKT48のコンサ―トにも来てください」って、直接リプライしたことがあって(笑)。そのときは実現しなかったけど、今度は、一緒にステージに立ちたいな!

くまモン うん☆もっと、もっとみんなが熊本に遊びに来てくれるように、ボクもがんばるモン!心をひとつに、エイエイモーン☆

指原 心をひとつに。それが一番。

Rino Sashihara●1992年11月21日生まれ。大分県出身、血液型O型。愛称さっしー。HKT48チームH所属。●HKT48劇場支配人兼任。今夏、瀬戸内7県を拠点に発足するSTU48の劇場支配人も兼任する予定。★センターを務めるHKT48の9thシングル『バグっていいじゃん』が発売中。★『徳井と後藤と麗しのSHELLYと芳しの指原が今夜くらべてみました』(日本テレビ系)、||あるある晩餐会」|(テレビ朝日系)なと・、バラエティー番組への出演多数。

[HKT48公式サイト]http:/ywww.hkt48.jp/

[指原莉乃Twitter]@345_chan

[指原莉乃lnstagram]@3451nst

Kumamon●3月12日生まれ熊本県出身,性別はオスじゃなくて男の子!得意技は,くまモン体操と,サプライズを見つけて広げること,●くまもとサプライスくまモン隊の隊長,熊本県知事から.熊本県の営業部長兼しあわせ部長に任命されている[くまモン公式サイト]https: kumamon-oficial.Jp/[くまモンTwltler:@55_kumamon2010熊本県くまモン


鎮西高校優勝おめでとうございます!

 平成29年8月1日山形で行われた高校総体のバレーボール決勝で熊本県の鎮西高校が優勝したそうです。21年ぶりのことだそうです。新聞によりますと熊本地震の影響で体育館が使えず、チーム練習は県内各地を転々とする状況が続いているそうです。そんな状況の中で日本一はすごい。よくやった。必ずや被災した熊本県民に勇気を与えるでしょう。おめでとうございます。

望月が熊本へ来たよ!

望月先生.jpg同級生の望月先生が平成29年7月30日(日)に熊本県歯科医師会館で朝10時から午後3時まで講演に来ました。日本歯科麻酔学会共催の安全な歯科医療を提供するためのバイタルサインセミナー「モニタリングー患者情報の把握と評価―」という表題で日本歯科麻酔学会理事として派遣されてきました。実は今回が初めてではなくて2009年から3回目だそうです。1回目は気づかなかったのですが、2回目は会いました。前2回は司会として今回は自ら講師として。なかなかいい講演会でした。席も9割以上埋まっていましたし、「これはどのくらいいますか?」という質問にみんなの反応がすごく早かったです。斜め前の女の先生が午後3時の終わりまでずっーとうなづき続けていたのが印象的でした。同級生として誇らしかったです。最後も他の先生に取り囲まれて名刺交換したりしていたので「気をつけて」ぐらいしか声掛けできませんでした。泰羅先輩が亡くなったと聞いてショックを受けました。ご冥福をお祈りいたします。(泰羅先輩については院長のちょっとイイ話Wの下の方に2回、2−Tの真ん中より少し下に出てきます。その他著書を多数引用させていただいております。)

 

 

 

震災前よりも素晴らしい熊本を作ることが復興だと思っています。

週刊ビッグコミックスピリッツ平成29年5月1日号「広げよう復興の輪!」小学館

スポーツが持つチカラVol.1

ロアッソ熊本

巻誠一郎インタビュー

地域と密接に結び付き活動する、スポーツクラブ。

熊本地震発生後、Jリーグクラブ・ロアッソ熊本の巻 誠一郎選手は率先して支援活動を行い、被災地に住む人々に勇気を与えた。そんな巻選手に、この1年の歩みと、取り組んだ活動について聞いたーーー

 

[Profile]1980年8月7日、熊本県宇城市生まれ。184cm、81kg。FW。元日本代表。熊本地震直後から支援活動を開始。その姿はTVやネットで流れ、復興支援のシンボルとして全国から共感を得る。

 

   本震が起こった時は実家にいました。寝ようと思っていた時でしたね。尋常ではない揺れで、立てない。絶対に逃げなくてはいけないと思いました。

 幸運なことに僕の実家は無事でしたが、近所でたくさんの家が倒壊していました。普通の生活ができなくなるような地震でした・・・

 復興支援を本格的に始めるようになったきっかけはFacebookです。「家族共々安全です」と発信したらすごい数の返信をいただいたのですが、その中に「ライフラインが止まって困っている知り合いに物資を届けたいのですが、どうすればいいでしょうか」といった相談もありました。経営者が集まるLINEグループで相談したところ、知り合いの社長さんが食料、水、衛生用品、衣類などの物資をまとめて置いておける20平米ほどの倉庫を貸してくれることになりました。また、福岡の倉庫も貸りられることになり、熊本にすぐに運んで来られない物資の中継地点に使わせてもらいました。同時に物資を配れる人を探しました。

 もう夢中でしたよ。自分の限界を超えてやっていました。できることを探して次々に行動に起こしていく。ありがたいことに協力してくれる方がいて(協力してくれた方の中には東日本大震災の時にも手伝われた方が何人かいました)コミュニティーが広がっていきました。

 最初の1週間は、倉庫で物資を下ろして、飲み物、食べ物、衣類、ベビー用品、衛生用品などに仕分けし、配送車に積み直すという作業をひたすらしていました。多い時は1日10回くらい配送車が出入りしている時もありました。ほとんど倉庫から出られませんでしたね。人手が足りずロアッソのメンバーに協力してもらったことがあったのですが、いつも一緒にサッカーをやっているからチームワークバッチリで、あっという間に作業が終わっちゃうんです。サッカー選手ってすごいですね(笑)。

 子供たちへのサッカー教室もやりました。ロアッソのチームメートと「ボールは俺が持って行くよ。ゴールはあそこから持っていこうか」と分担して準備して。子供たちは楽しそうにサッカーをしてくれたんですが、そしたら、僕らもすごく嬉しくなったんです。切羽詰まった、ずっと緊張している中から解放された気分というか。つられて、周りにいる子供たちの親や、おじいちゃんおぱあちゃんたちも笑顔になってくれて・・・スポーツにはそういうチカラがあるんですね。

 その後、「YOUR ACTION KUMAMOTO」という募金サイトを立ち上げたのですが、信じられないくらい反響がありました。日本のサッカーファミリーと言えばいいのでしょうか、いろんなチームのサポーターや、サッカーファンが支援してくれました。募金は、基本的には熊本のスポーツ活動支援、特に子供たちの活動に使っています。

 そうこうしているうちに5月15日にJリーグが再開しましたが、なかなか勝てませんでした。1か月間サッカーをしなければコンディションは落ちる。オフシーズンでさえ丸々1か月サッカーをしないということはありませんから。

 順位が下がる中、踏みとどまらせてくれたのはサポーターたちの想いでした。印象的なエピソードがあります。僕はよく避難所に物資を届けに行っていたのですが、そこに住んでいたおじいちゃん、おばあちゃんが「試合観にいったよ!」と声をかけてくれたのです。また、試合後、チームバス乗降場にあるファンサービススペースで、避難所で会った子供が「僕を覚えてますか?」と声をかけてくれたこともありました。もう、嬉しいなんてもんじゃなかったですよ!

 復興で本当に大事なことってなんなのか、何度も何度も考えましたが、「壊れたものを取り戻すことが復興ではない」と僕は思います。地震があって僕らは前より強くなっている。人とのつながりも大きくなっている。震災前よりも素晴らしい熊本を作ることが復興だと思っています。

しのぐ時間

週刊朝日2017.6.16P115コンセント抜いたか 嵐山光三郎

(前略) 初日は、結びの一番が終わったあと、NHKテレビ解説席の下へ行って、北の富士さんに挨拶して「稀勢の里、心配ですね」と声をかけた。病みあがりの親方は顔がやつれて色白で、歌舞伎役者みたいないい男っぷりになり、その後のNHKテレビ解説で、稀勢の里は、十一勝四敗か十勝五敗ぐらいでいい、と言った。「しのぐ時間」である。私は、四十二歳のころ、仲間と小さな出版社を作って悪戦苦闘していた。どうしたらいいか、博打打ちから小説家になった色川武大さんにインタビューして負け方のコツを教示された。

 始末に負えないのは、自分に必要でない幸運がきたときである。勝ちつづけることは破滅につながるが、わざと負けると運から見はなされる。致命的な不運にならないような、平凡な負け星が三つぐらい続いているのがいい。負けつづけて辛抱に中毒するのもよくない。辛抱に快感を得るようになったらアウトだ。ケガ休場が一番よくなくて、むしろ全敗のほうがいい。勝っているときは、危険を予知する訓練が求められ、ようはバランスだな。

 博打でも、プロ同士の勝負で勝ちまくっているやつが狙われるんですよ。そういうやつは勢いや気負いがあるだけに、穴へ落ちこむときに大ケガする星をひっぱりこむ。みんな、そのチャンスを狙っている。殺そうと思ってお世辞をいったりヨイショして待っている。勝つやつは一定のフォームを頑固に持っているから、ほっといたらそのまま勝つ。フォームを崩すには娘さんを誘惑してみたり、いろいろやるわけです。長い勝負のうち、勝ちでもない、負けでもない「しのぐ時間」というのが一番長いのだよ。禅問答のようだが、この話は、ボディーブロウのようにきいた。(後略)

夏はやっぱりビールがうまい

今日のおつまみ.jpg今日は午後からお休みだったので晩ごはんの買い出しに行ってきました。右上から時計回りに小エビの唐揚げ、ホタルイカの茹でたの、アスパラ、そら豆、きゅうりのぬか漬け。ホタルイカとアスパラはここにより調理の予定。少し塩分取り過ぎかな?ワイドショーを見ていると福岡大分の雨の被害がひどいみたい。大分日田からは地震の時水を送っていただいたので心配です。

 

 

 

 

 

これもおいしかったそうです。

煮穴子のちらし寿司.jpgゆめタウン光の森のお弁当コーナー近くのお寿司売り場で平成29年7月3日から5日まで3日間限定で売り出された「煮穴子のちらし寿司」。税込み430円。「コスパ飯」を読んでからこういう物に目がいくようになりました。3日に買って、評判が良かったのに、写真を撮ってなかったので、5日にまた買ってきました。定番商品には無理でも、時々はまた期間限定でもやってくれればうれしいです。何か方向性が「食べログ」のようになってきましたね。

 

 

 

こっちの方がうまい?

ステーキ丼.jpg先日の博多みやげの柿安の牛めしを食べた次男が言った感想「まあ、まずくはないけど・・・」。

先日鶴屋に出かけた時のおみやげは鶴屋地下1階食品売り場のホテルキャスルが出しているキャスルワールドの「和風ステーキ丼」(どう見ても丼には入っていない。ネーミングがおかしい。せめて和風ステーキ弁当)。自分から「これはうまい。」と絶賛していました。付け合わせのブロッコリーと卵焼きの下はわさびです。本わさびのように見えます。税抜き900円。税込みで972円でした。一度ご賞味して下さい。ちなみにホテルキャスルの社長は料理の鉄人陳健一さんの兄弟子の斉藤シェフです。

Kathleen Mary Drew-Baker

「世界!ニッポン行きたい人応援団」という番組をみているとイギリスで独学で海苔を作っている人がいて、自分の海苔が日本製の海苔に比べてどうしてよくないのか日本に行って学びたいというイギリス人がいました。海苔の養殖に非常に関わりを持つKathleen Mary Drew-Bakerという人を称える碑が熊本県宇土市の住吉神社にあるというので行ってきました。

ドリュー女史.jpg眼鏡をかけた女性のようです。















記念碑.jpg

TVのイギリス人もここまで来ていました。















紫陽花.jpgアジサイがいっぱい咲いていました。

















One soul for kumamoto

多分熊本だけだとおもいますが、平成29年6月18日(日)午後3時5分から1時間で「魂を一つに〜前園真聖僕がみた熊本ヴォルターズ」という番組が放映されました。ワイドナショーで熊本のバスケットボールチームB2リーグの熊本ヴォルターズが取り上げられているのはこのホームページでも紹介してきました。1年間の総集編のような感じですが、全く新しい映像もありました。B1リーグへのプレーオフに出られなくて残念でしたが、1年前は地震のせいで体育館が壊れたり、避難所に使われていたりで次の日の練習場さえも決まらない状態で、借りられても車で1時間かかるような状態だったのを忘れていました。テレビのおかげもあるのでしょうが、最終戦では立ち見がでるぐらいの盛況でした。前園くんのナレーションも良くていい番組でした。

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