注目!声優 青山吉能

院長が最初に気が付いたのはネットニュースで「声優の青山吉能さんがキャイーンの天野さんのラジオ番組のアシスタントパーソナリティーに抜擢された」という記事を見かけた時です。「これって青山さんの子供じゃない?」と家内に聞くと、「そう」と。

調べていくと今、熊本県制作の「なつなぐ」というアニメで女優の橋本愛さんと共演しているそうで、ほかにも大活躍のようです。

長男の幼稚園の時からのお友達の妹で、母親同士も仲がよかったのです。院長も「よしの」さんという妹がいて、声優をめざしているという話は聞いたことがありました。

知らない間に活躍していたんですね。これは応援しない訳にはいかないですね。「青山吉能」さん皆さんも注目してあげてください。

「きかんしゃトーマス」の声優もやり、アイドルユニットもやっていたようです。

ライバルに「頑張れ」って?

週刊朝日2020.1.3-10P112マリコのゲストコレクション 林真理子 元横綱荒磯寛(元稀勢の里寛)

林 私、砂かぶりで見ながらいつも思うんですけど、土俵に上がる前に腕を組んでじっと目を閉じてるじゃないですか。あれがほんとに素敵なんですよ。絵のような美しさで。あのときは何を考えてるんですか。

荒磯 あそこでもう戦いが始まってると思うんですよね。昔はライバルの相撲を観ながら、「負けてくれればいいな」と思ってたんですけど、そうすると自分の精神がブレてくるんですよ。ですから僕の場合、横綱になる1年前からは相手の相撲を応援するようになりましたね。

林 ほ〜お。

荒磯 「頑張れよ。俺と戦おうぜ」という気持ちに変わって、それからは精神的に非常にラクになって、いい状態で相撲がとれました。相手の失敗を祈るより相手の成功を祈ったほうが、じぶんもよくなっていくのかなと思いましたね。メンタルスポーツですから、気持ち一つで自分の相撲もガラッと変わりますね。

林 そういう強い精神をつくるために、何かしてらしたんですか。

荒磯 僕はすごい怖がりで、緊張しいで、すごい神経質なので、相手を殴り倒してでも、足を引っ張り倒してでも上に上がってやろうという気持ちになかなかなれなくて、この短所を長所に変えてやろうと思って、日本人の和の精神、「みんなで頑張ろうよ」という気持ちに変えてから、自分の相撲が非常に変わりましたね。

林 「和の精神」ですか。

荒磯 僕が初優勝したときに、本来なら「白鵬、負けろ」と思ったかもしれないですけど、「白鵬、ガンバレよ」と思ってたんです。

林 ライバルに「頑張れ」って?

荒磯 ええ。白鵬関が負けてしまったから、「えっ、なんで負けたんだよ」という残念な部分もありましたが、そういう気持ちがあったから、次の日の千秋楽も精神が崩れずにいい相撲がとれました。西洋と日本のメンタリズムみたいなことを勉強したんですけど、やっぱり自分は日本人なので、和の精神を大事にしようと思って、そういう方向になりましたね。

林 そうなんですか。いろいろ本も読まれたんですね。(後略)

芸人はプレッシャーがなくなったらダメになる

日本人改造論 あなたと俺と日本人 ビートたけし 角川文庫 平成11年 P90

 芸人っていうのはプレッシャーなくなったらダメになるんだよね。舞台慣れしてくると、本人はおもしろくやったつもりでも客には新鮮味が感じられない。余裕持っちゃったらダメ。プレッシャーはいやなもんだけど、それがまた快感に変わるんだよ。あの緊張感が忘れられない、なんてね。(中略) 男と女だって最初のデートのときが一番テンション上がってて、どうしようかって。その快感がだんだんなくなるから退屈になるんだよ。やっぱり恋愛もプレッシャーないとね。

(院長註:片付けものをしていたら、この本が出てきました。読みなおしたら、ここのところで、M1グランプリで和牛が上沼恵美子さんに怒られていたのを思い出しました。「疲れたら、愛媛。」(4-U)の頃からずっと応援しています。和牛さん参考にして下さい。

院長にとってみればコーンフレークなんてどうでもいいです。どうせ食べないですし。それよりも和牛が上沼さんにカツをいれられている方がよっぽど気になりました。癒しの歌とプレッシャーの持続は両立しにくいものなのでしょうか?)

相撲のケガは稽古場で治せ

週刊朝日2020.1.3-10P112マリコのゲストコレクション 林真理子 元横綱荒磯寛(元稀勢の里寛)

林 実は私、ときどき砂かぶりで見に行くんです。チケットをくれる人がいて。見てると、お相撲さんの汗がこっちまで飛んでくる感じで、こんなすごいスポーツないんじゃないかっていつも思うんです。防具もつけずに、肉体だけで勝負して。

荒磯 頭と頭がぶつかる音とか、筋肉が当たる音がしますしね。フルコンタクトのスポーツで15日間続けて戦うのって、ほかにはないと思うんです。15日間の中でいろいろ波があったりするんですけど、精神も肉体も一定に保たなくちゃいけないというのは、相当の難しさなんですね。絶妙な長さなんですよ、15日間というのが。

林 しかも年6場所ですもんね。そして毎日稽古があるし。私、朝稽古を見せていただいたことがありますけど、皆さん手を抜かないで本気でやるじゃないですか。どれだけ肉体を酷使しているんだろうと思いますよ。

荒磯 それだけやらないとダメなんですね。稽古の大切さは恐怖に打ち勝つという部分もあるんです。僕の師匠の先々代の鳴戸親方(元横綱隆の里)に「相撲のケガは稽古場で治せ」ってよく言われたんです。最初はどういう意味かわからなかったんですけど、ケガをして休んでしまうと、なかなか恐怖に打ち勝てないんですね。血が出てもまたやってみるということを稽古場でやると、恐怖心がなくなるんですよ。強い体をつくってケガを稽古場で治す。それが本場所にもつながってくる。鳴戸親方が言ったのはそういうことだったのかなと、今になってわかってきましたね。

左腕百七十cm台大成説

週刊文春2019.12.19P52野球の言葉学 鷲田康

 ある球界関係者から「左腕百七十cm台大成説」というのを聞いた。

「プロ入りの時に身長百八十cmを優に超える、いわゆる大型左腕と騒がれた選手には意外と成功例が少ない。サウスポーはむしろ身長が百七十cm台の方が大成するケースが多い傾向がある」

 その関係者も「左利きは不器用だとか、人間の体が右回りに向いていないので、小回りが利いた方がいいとか色々と説はありますが定かな理由は判らない」と首を傾げるが、球界を見回すと確かにその傾向はある。

 現役で大型左腕の成功例として思い浮かぶ投手は共に身長百八十三cmのシアトル・マリナーズ、菊池雄星と中日・大野雄大くらい。第一線で活躍しているサウスポーを見ると百六十七cmのヤクルト・石川雅規と百七十九cmのソフトバンク・和田毅の両ベテラン投手を筆頭に巨人・田口麗斗やDeNAの東克樹、楽天・松井裕樹と身長百七十cm台の中型投手がほとんどだ。そしてその中型左腕の最大成功例がDeNA・今永昇太投手(26)と言われている。

 身長は百七十七cm。キレのあるスライダーとチェンジアップを武器に今季は十三勝をマークしチームの二位躍進の原動力となった。

(院長註:金田正一さん184p、院長の応援しているソフトバンク大竹耕太郎君183p、江夏豊さん179p、工藤監督176p)

診療室窓辺の花.jpg診療室窓辺の花には賀正の凧が刺さっています。くまモンも映り込んでいます。

安藤優子さんグッデイ休んでレバノンに飛んだとのこと。何という腰の軽さ。確か院長と同い年と確認しに行ったら市川市出身と知りました。院長も国府台に6年間住んでいました。本八幡の学習塾で講師をやっていたので本八幡もよく行っていました。親近感わきました。

 

 

 

 

 

 

 

グリル野菜

青梗菜.jpg耐熱皿の上に野菜を置き、オリーブオイルを回しかけ、オーブンレンジでグリル3分ごとに焼け具合をチェックし、いいところで仕上げに塩をふります。まずは中華食材の青梗菜(チンゲンサイ)。立派にイタリアンぽくなります。

 

 

 

 

 

 

かぼちゃ.jpg

 

 

 

焼肉屋で出てくる焼き野菜のかぼちゃは一度もおいしいと思ったことはなかったですが、グリルかぼちゃは美味しかったです。途中で一度ひっくり返します。

 

 

 

 

 

 

 

 

パプリカ.jpg

 

 

 

定番のパプリカ。いろどりがきれいになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なす.jpg

 

 

ナスも焼きました。途中裏返してオリーブオイルをもう一度回しかけました。最後に塩をふりかけました。

グリル野菜はカレーのトッピングにも合います。

 

 

 

 

 

 

 

 

スペアリブと手羽元のバーベキュー

最近冬場の山越えは危ないと感じるようになり、ここ数年は正月休みは今治に行っていません。年末年始は料理をして、飲んで、テレビを見てゆっくり過ごさせてもらいました。

BBQ.jpg左写真はスペアリブと手羽元のバーベキューです。

まず、スペアリブ6本、手羽元6本、豚塊肉をそれぞれにレモン輪切り2枚を浮かべたお湯で灰汁を取りながら下茹でします。肉をよく洗い、圧力鍋に肉を並べます。人参1本乱切りで、玉ねぎ1個は半分に切って薄切りにして圧力鍋に入れます。セロリ半分とローリエ2枚も入れました。水を限界線の少し下まで入れて蓋をして強火にかけます。蒸気が噴き出したら弱火にして20分待ちます。火を止めて圧が下がるまで待ちます。圧が下がったら、ローリエ、セロリを取り除きます。肉を取り出し、塊肉は一口大に切り鍋に戻します。鍋は一晩待ち、いつもどうり被膜を取り、カレールウを入れてカレーにします。

バーベキューソースはフライパンにオリーブオイルを大さじ1入れ、ニンニク1かけのみじん切り、玉ねぎ2分の1個の角切りを炒めます。カットトマト缶1缶を加え、塩コショウして煮詰めます。仕上げにケチャップ大さじ3、バルサミコ酢大さじ1、パプリカパウダー小さじ1を加えます。

ソースが冷えたら、ジップロックにスペアリブと手羽元と一緒に入れてよくもみこみます。一晩待ちましたが、我慢できなく2個だけつまみ食いしようとオーブンレンジで15分グリルしましたら焦がしてしまいました。

翌日天板に耐熱のクッキングシートを敷き、その上に肉とソースを並べて、今度は焦がさないように3分ずつグリルしながら焼け具合をチェックしながら焼きました。右下は市販のマッシュポテトです。市販のポテトサラダでもいいとおもいます。

きっといつか、あんたに返ってくるから

2020お正月.jpgあけましておめでとうございます。令和2年の始まりです。昨年はいろいろお世話になりました。今年もよろしくお願いします。熊本地震から三年八か月。年末に政治評論家鈴木哲夫さんが熊本に来て言われてました。「熊本城とともにライトアップされている2本のクレーンに非常に力強さを感じた。」と。まだまだですが確実に復興は進んでいます。正月番組で鉄道マニアの番組を見て思い出しました。鉄道マニアの同級生の加藤元君と渡辺功君が乗りにきた阿蘇のスイッチバックも今秋には復活予定です。再び大分と鉄道がつながります。昨年被災者になられた方もしんどいでしょうが、決して絶望的にはならないで。きっといつかは日はまた昇ります。熊本から応援しています。

 

2019.12.5.週刊文春P38 たがいのみらい 梅沢冨美男

「困った人がいたら助けてあげなさい。福を与えなさい。きっといつか、あんたに返ってくるから」。

 おふくろが常々言っていた言葉です。

 東日本大震災の後、被災地に支援に行きましてね。「ありがとう」って涙流して言われて、こっちこそ有難いなあと思いました。幼稚園では子どもたちが水を見るだけで泣くんですよ。そこで次は、金魚すくいや焼きそばの道具を積んで行って、縁日をやったんです。水に浮かべたボールを釣らしたりして、水に手を入れられるようになった。

 三回目の時、仮設住宅の前で物資をお渡ししていたら、おじいちゃんが列に横入りして、近くの人に注意されたんですね。それでムッとしたんでしょう、おじいちゃんが、「俺たちは乞食じゃねえんだよ、こんなもの持ってくるんだったら金くれよ」。

 その言葉が、胸に刺さったんです。いいことをしているつもりになっていたところでした。で、おふくろの言葉が思い出されたんです。「十人いて、十個なかったら、もらえなかった人はどんな思いがする?そんなんだったらやるんじゃないよ」。

 人を助けるとか、物を差し上げることの難しさ。ああ俺なんかまだまだ勉強だと思いました。

牛すじの煮込みと牛すじカレー

牛すじ.jpg冬場はやっぱりスープかなと思い、テールスープを作りたい、テールはどこに売っていたかと考えるとイオン菊陽の中に入っている精肉店を思いつきました。あるのはあったのですが4個入りのパックが4000円近くします。スープの原価に4000円はあり得ないと断念しました。食品売り場の精肉コーナーに行くと国産牛肉すじ煮込み用100g98円、500gのメガ盛りが480円。居酒屋定番の牛すじ煮込みに決定。トン汁用の野菜水煮も一緒に買って煮込みます。

 

すじ肉煮込む.jpg

 

 

牛すじは一口大に切って、ひたるぐらいの水から入れて中火で沸騰したら灰汁を取りながら10分ぐらい下茹でしました。

ザルにあけて煮汁は全部捨てました。

牛すじはよく水洗いしました。

ひたるぐらいの水とネギの緑の部分としょうがの薄切りを入れて圧力鍋にかけました。

蒸気が噴き出してから弱火にして、15分待ちました。

圧力が落ちてから、ネギとしょうがを取り出しました。

すじ肉煮込み.jpg

 

 

 

別鍋に移し、牛すじの半量を圧力鍋に戻し、水200cc、しょうゆ大さじ3、料理用清酒、みりん各大さじ2、トン汁用野菜を水をきって入れます。

最初は強火で、蒸気が出だしたら弱火で5分待ちました。

左が牛すじ煮込みの出来上がりです。

 

 

 

 

 

被膜.jpg

 

 

牛すじの残りとスープは一晩おきました。左写真のように被膜ができますので取り除きます。温めてカレールーを入れて牛すじカレーの出来上がりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

届きました。

タラタラ.jpgシブコさんが食べていたおやつ責任を取って買ってみました。ビールのおつまみに乾きものとしていただかせていただきます。普通のチーズたらのようです。よっちゃん食品工業さん営業妨害と怒らないでね。りっちゃん(ファンの間ではそう呼ばれているそうです)もよっちゃんも頑張れ。

食べてみました。マヨネーズを付けて食べるとよけいおいしいです。

 

 

 

 

 

運は真後ろからやってくる

2019.12.5週刊文春P36
欽ちゃん78歳の人生どこまでやるの!?
 前回、ぼくは自分の大事にしている「運」についての考え方を話した。「運」というのは、いわばモグラ叩きみたいなもの。あっちが出ると、こっちが引っ込む、という具合に、いつもバランスを取るようにしてやってくるんだ、って。
 だから、ぼくは貧乏なときほど、お金持ちになるチャンスだと考えてきたし、仕事でもどん底いるときにこそ、次の大きな「成功」につながる何かが目の前にきっと現れる、と信じてきた。
 それで今回、もう一つ大事な考え方としてあげたいのが、その「何か」というのは正面からではなく、思いもよらない方向からやってくる、ということだ。ぼくは「運」というものには、そんな性質もあると思っているんだ。
 実はそうした考えにたどり着いた一つのきっかけが、坂上二郎さんとの出会いだった。
 コント55号を結成する少し前の昭和四十年頃、ぼくはいま振り返っても、人生にとって一番のどん底だと言える状態にいた。
 初めてのテレビ進出で十九回も連続してNGを出したことでテレビを一度は諦め、しょんぼりしながら浅草の舞台に戻っていたんだ。
 すると熱海のホテルのステージに住み込みで働いていた先輩が、ちょうど東京に戻ったばかりでさ。すっかり落ち込んでいるぼくに向かって、
「そんなときは温泉にでもじっくり浸かって、静養した方がいいよ」
 と、言ったの。
 それで、彼のかわりに熱海のホテルのステージに、同じく住み込みのコメディアンとして出演することになったんだ。まァ、一人でお客さんの前で笑いをやるのは、もう長く浅草でキャリアを積んだ一人前だったから何の苦労もない。それにぼくは何故か芸者さんに好かれるタイプだったから、彼女たちも「おひねりでも出しなさいよ」とお客さんに言って応援してくれた。
 でも、しょんぼりとした気分だけは、どうにもならなくてねェ。
 ステージに出演するのは夜の八時と十時の二度。昼間は何もすることがないでしょ。だから毎日のように外に出て海岸まで散歩しては、海をボーっとしながら眺めていたものだよ。
 そんなとき海岸から海を見ているとさ、ザザーンと寄せては返す波が、だんだんと台詞になって聞こえてくるんだね。
 寄せてくるドドーンが「お前、何してんだー」「大したことじゃないぞー」と聞こえ、引いていくザザーンに合わせて「そうだよなァ」と思い・・・ってね。ただただ海を眺めていると、自然のリズムと自分の気持ちがいつの間にか調和して、心のなかで会話が始まるんだ。
二郎さんからの運命的な電話
 悲しい時や悔しいときは、空なんか見上げていても寂しくなるばかり。でも、そういう波とかお祭りとか、「勢いで押し寄せて来るもの」を見ていると心根が変化するものなのかもしれない。
 波に合わせて心の会話を続けるうちに気持ちも回復して、だんだんとコントを考えたりもできるようになってきた。
「ああ、俺もここで落ち込んでばかりいないで、何かを始めないといけないなァ・・・」
 そうして、「よし、帰ろう!浅草で一からやり直そう」とぼくは決心することができたの。
 さて、ぼくが二郎さんとコンビを組むことになったのは、熱海から東京に戻ってきたまさにその日のことだった。
 当時、ぼくは山谷の近くの豆腐屋さんの二階に部屋を借りていてね。大家さんはいつもぼくがいないから、「欽ちゃん電話よー。いないわねえ」と呼んでから電話を切ろうとした。
「いるよ!」と慌てて答えて出た相手が、なんと二郎さんだった。
 二郎さんは「麻雀をしないか」と誘ってきたので、二郎さんの家で麻雀をすることになった。その最中、ふと「新しいネタがあるんだ」と話したら、二郎さんが「ぼくが手伝ってあげようか」と、コンビ結成を持ちかけてきたんだ。驚くと同時に何とも戸惑ったよ。
 もともと浅草で見る二郎さんの芸がぼくは少し苦手でさ。彼はこっちが一つ笑いを取ると、必ずもう一つ笑いを重ねてくるような天才的な人。そんな彼からコンビを組もうと言われても、チョット躊躇するものがあったんだ。
 でも、二郎さんは「お腹の大きな女房にも、『最後の勝負をさせてくれ』と頼んできたんだ」と言う。
意外な出会いを断っちゃダメ
 二郎さんはぼくの七つ上で、その頃、キャバレーの司会なんかをしていた。このままでは、もうすぐ生まれてくる子供を育てるのもままならない。それで「最後の勝負」をしたい、と手をついてお願いしてきた、というわけだ。
「テレビは年をとったらダメだ。それで考えた。俺は欽ちゃんを後ろから支えていくと、いいことがありそうな気がするんだ」
 もともとぼくは優柔不断だし、そこまで言われて「嫌だ」とは言えない。
「じゃあ、一度だけやってみようか」
 そうして結成されたのが、コント55号だった。
 この一連の出来事からぼくが学んだのが、「『運』というのは真後ろからやってくる」ということだった。二郎さんはぼくにとって、まさしく「真後ろから来た」という感じを抱かせる存在だったから。
 何より最初はちょっと苦手だなと思っていたけれど、二郎さんの印象は一度、二度と仕事するうちに、どんどんと変わっていった。
「二郎さんっていいな」と思うようになり、しばらくしたら「二郎さんのおかげ」と感じるようになって、そして、最後には「尊敬している人」になった。
 だから、ぼくは彼とコンビを組んだことで、こう信じるようになったの。
 人生を前進させていく上で大事なのは、そんなふうに自分の想像していない場所から誰かが現れたときが、変化が起こるチャンスかもしれないと自覚することー。だから、人の好き嫌いを最初に決めてしまったり、「忙しいから」とか「あまり気が乗らないから」と意外な出会いを簡単に断ったりしない方がいい、ってね。
「想定外の場所から来た人」こそが、自分を「今より遠い場所に連れて行ってくれる。二郎さんとの出会いは、ぼくにそのことを教えてくれたんだ。

事件です。

令和元年12月17日(火)は熊本市歯科医師会北部支部の忘年会でした。バスで行って、バスで帰ってきました。二十数名の出席でした。アルコールも入って盛り上がりました。最後の締めのごはんのところで、給仕の女の子が汁物を配り終わった最後の一杯をO坂先生の胸元にひっくり返してしまいました。おおあわてでタオルを持って来て平謝り。あとからおかみさんが来て、後ろにしょんぼりと。この日は笠さんを応援しないといけないという話をずっとしていたので、「あんたあんまり気にしすぎないでよ。」と声掛けしました。おかみさんも「クリーニング代」をと封筒を渡そうしたようですが、O坂先生も「そんなことしてもらうより、この次来た時に一品よけいに出してくれる方がうれしいよ。」と言って受け取らなかったみたい。女の子にとっては店にも迷惑をかけなくて済んでほっとしたことでしょう。「O坂先生大丈夫?」と聞いたら、「大丈夫は大丈夫なんだけど、パンツが濡れた。」と言われていました。先生風邪ひかないでね。

帰りに女の子がお見送りに出ていたので、片手ハイタッチをしかけたら、しっかり返してきたので大丈夫でしょう。元気出してね。

ジュディ・オングさん台湾秘伝のスープ

台湾スープ.jpgジュディ・オングさんが台湾秘伝のスープを教えてくれています。(4−U)丸鶏で作るようになっていますが、とりあえず手に入りやすい手羽先で作ってみました。分量がないので、手羽先12本、料理用日本酒1合、水1リットル、クコの実12個でやってみました。圧力鍋です。手羽先ですので噴き出してから弱火で10分加熱しました。簡単に身がほぐれて食べやすいです。上澄みは灰汁と油のようです。よくとった方が飲みやすいようです。

 

 

 

 

シブコさんあのおやつはしばらく封印ね。

笠さんのことが心配になって調べているうちにいろいろわかってきました。古閑さん、上田さん、笠さんは東海大二高の先輩後輩で仲良くて、有村さんは宮里さんに憧れて東北高校に行ったけど4人とも熊本出身で笠さんと有村さんは同い年でプロテスト合格が同期で仲が良いみたい。
「笠りつ子 熊本地震」で検索をかけると一杯項目が上がってきます。ものすごく頑張ってくれていたみたい。前にも書きましたが地震のあった2016年は日本人トップの成績で熊本に勇気を与えようとしてくれたんです。募金集めも先頭に立ってやってくれたみたいです。
もう忘れかかっていますが、熊本地震で新幹線が脱線し、高速道路に橋が落ち、阿蘇大橋が落ちて、俵山トンネルが崩落して、熊本城がボロボロになってしまいました。スーパーとか軒並み閉店。やっと開いてるコンビニも口に入れられる物が何もなくなってしまったんです。
一番被害のひどかった益城町では一か月以上断水で人が出て行ってしまい、ゴーストタウンのようでした。家はつぶれたまま、墓は倒れたまま。
そんな時に、笠さんは先頭に立って熊本のために頑張ってくれていたみたい。まさに熊本地震のジャンヌダルクですよ。
苦しんでいる今こそ守ってあげないと、熊本県人は。
インターネットで調べていると、「保育園落ちた。日本〇ね。」では英雄になって、「頭固い。〇ね。」ではゴルフを辞めようかと思うぐらい追い詰められないといけないのかという意見もありました。今の人は当たり前のように「〇ね。」って言いますもんね。
大体ゴルフ場の人も周知が徹底していないのに絶対譲らないのもおかしい。本当に「頭固い。〇ね。」ですよ。お前が汚い脱衣場の床に直に寝転がってストレッチやってみろと言いたいです。
そこで思いだしたのが、シブコさんが全英女子オープンで食べていたおやつ。時が時だけにあれしばらく封印した方がいいですよ。よっちゃん食品工業の「タラタラしてんじゃねーよ」。ジョークじゃすまなくなりますよ。
よっちゃん食品工業さん営業妨害だと怒らないでね。非常事態ですから。ここで取り上げたことで宣伝になったでしょう。シブコさんのファンも笠さんのファンも買ってくれますよ。
追伸 ここで熊本県民に残念なお知らせが。「聖火ランナー、くまモンはダメ 熊本県打診に組織委 『人でない』」
「組織委、頭固い、〇ね。」何か自然に出てきだしました。

今日のチラシでは

ドンキ.jpg今日(令和元年12月13日金曜日)のチラシでは左のような具合です。ドン・キホーテです。インターネットで買うよりだいぶ安い感じです。一度買ったらそんなに買い替えるものではないのでサイズをよく考えた方がいいです。あと最近よく見るのが電気式のもの。マイコン制御でお任せにできるのでしょうか?詳しくありません。興味あれば調べてください。

 

 

 

 

 

圧力鍋ってどれぐらいするものなのか?

圧力鍋.jpg今日(令和元年12月11日水曜日)のチラシではパール金属の4.5Lの片手圧力鍋2999円(税別)で出ていました。院長の持っているものと同じです。サムゲタンなど丸鶏のスープを作るには少し小さい気がします。まだ作ったことがありません。HIヒロセの各店10個限り、13日金曜限りです。デフレでしょうか?院長が買った時は5千円近くしたような気がします。

 

 

 

 

 

鶏肉ときのこのクリーム煮

クリーム煮.jpgホワイトソースを使わずに、生クリームで仕上げています。煮込み料理は圧力鍋を使っています。圧力鍋はスーパーのチラシとか時々見てると安くなっている時があるのでがあるのでその時に買います。長く使えるものなので大きめのを思い切って買った方がいいでしょうか。

材料(4人分)

鶏もも肉2枚

塩・こしょう少々

小麦粉適量

長ネギ1本

 

ブーケガルニ.jpg

しいたけ・しめじ・エリンギ各1パック

サラダ油大さじ2

水300ml

ブーケガルニ1パック

生クリーム200ml

バター10g

パセリのみじん切り適量

ブーケガルニはパック入りのが売っています。写真のは4パック入っていました。イオン菊陽で買ったと記憶しています。

作り方

熊本城令和元年12月.jpg

1鶏もも肉は食べやすい大きさに切って塩、こしょうをふり、小麦粉をまぶす。

2長ネギは斜め薄切り。

3きのこ類は石づきを切り落とし、しいたけは4等分、しめじはほぐし、エリンギは食べやすい大きさに切る。

4圧力鍋にサラダ油を熱して1を焼き色がつくまで焼き、2,3を順に加えながら炒め合わせる。

54に分量の水、ブーケガルニを加える。

65に蓋をして強火にかけ、噴き出したら、弱火にして10分加圧。火を止めて圧力が下がったら蓋を開ける。

76に生クリームを加えて中火にかけ、塩、こしょう、バターを加えて味をととのえる。

8器に7を盛り、パセリのみじん切りを散らす。

3枚目の写真は令和元年12月8日(日)の熊本城です。2人目の孫のお宮参りに加藤神社に行きました。まもなく熊本地震から3年8か月です。まだまだ復興への道は遠い感じです。

死ぬほど運動して、めちゃくちゃ努力してます。

週刊朝日2019.12.13P102マリコのゲストコレクション 林真理子 女優 長谷川京子

林 まあキレイ!二人もお子さんがいるなんてとても思えないです。プロの人にこういうこと言うといやらしいけど、どうやってそのプロポーションを維持してるんですか。

長谷川 死ぬほど運動して、めちゃくちゃ努力してます(笑)。

林 ひぇ〜!このあいだ、娘さんの英語教室に迎えに行ったときの写真が週刊誌に出てましたよね。あまりにもきれいで、すごく目立っていたって。

長谷川 そんなことないです。お母さんたち、皆さんすごくきれいなんですよ。

林 でも、やっぱり違うと思う。ほかのお母さんとはオーラが。

長谷川 うーん・・・、やっぱり商売にしてるんで、若干違わないとね(笑)。

(院長註:カトパンもハセキョーも名の認識される人は半端ない努力をされているんですね。12月6日金曜日BS日テレ「日本に恋したゴッホ」アンコール放送らしいですが、よかったです。浮世絵をほんとに摸写してました。ゴッホ展今上野でやっているの?)

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