運は真後ろからやってくる

2019.12.5週刊文春P36
欽ちゃん78歳の人生どこまでやるの!?
 前回、ぼくは自分の大事にしている「運」についての考え方を話した。「運」というのは、いわばモグラ叩きみたいなもの。あっちが出ると、こっちが引っ込む、という具合に、いつもバランスを取るようにしてやってくるんだ、って。
 だから、ぼくは貧乏なときほど、お金持ちになるチャンスだと考えてきたし、仕事でもどん底いるときにこそ、次の大きな「成功」につながる何かが目の前にきっと現れる、と信じてきた。
 それで今回、もう一つ大事な考え方としてあげたいのが、その「何か」というのは正面からではなく、思いもよらない方向からやってくる、ということだ。ぼくは「運」というものには、そんな性質もあると思っているんだ。
 実はそうした考えにたどり着いた一つのきっかけが、坂上二郎さんとの出会いだった。
 コント55号を結成する少し前の昭和四十年頃、ぼくはいま振り返っても、人生にとって一番のどん底だと言える状態にいた。
 初めてのテレビ進出で十九回も連続してNGを出したことでテレビを一度は諦め、しょんぼりしながら浅草の舞台に戻っていたんだ。
 すると熱海のホテルのステージに住み込みで働いていた先輩が、ちょうど東京に戻ったばかりでさ。すっかり落ち込んでいるぼくに向かって、
「そんなときは温泉にでもじっくり浸かって、静養した方がいいよ」
 と、言ったの。
 それで、彼のかわりに熱海のホテルのステージに、同じく住み込みのコメディアンとして出演することになったんだ。まァ、一人でお客さんの前で笑いをやるのは、もう長く浅草でキャリアを積んだ一人前だったから何の苦労もない。それにぼくは何故か芸者さんに好かれるタイプだったから、彼女たちも「おひねりでも出しなさいよ」とお客さんに言って応援してくれた。
 でも、しょんぼりとした気分だけは、どうにもならなくてねェ。
 ステージに出演するのは夜の八時と十時の二度。昼間は何もすることがないでしょ。だから毎日のように外に出て海岸まで散歩しては、海をボーっとしながら眺めていたものだよ。
 そんなとき海岸から海を見ているとさ、ザザーンと寄せては返す波が、だんだんと台詞になって聞こえてくるんだね。
 寄せてくるドドーンが「お前、何してんだー」「大したことじゃないぞー」と聞こえ、引いていくザザーンに合わせて「そうだよなァ」と思い・・・ってね。ただただ海を眺めていると、自然のリズムと自分の気持ちがいつの間にか調和して、心のなかで会話が始まるんだ。
二郎さんからの運命的な電話
 悲しい時や悔しいときは、空なんか見上げていても寂しくなるばかり。でも、そういう波とかお祭りとか、「勢いで押し寄せて来るもの」を見ていると心根が変化するものなのかもしれない。
 波に合わせて心の会話を続けるうちに気持ちも回復して、だんだんとコントを考えたりもできるようになってきた。
「ああ、俺もここで落ち込んでばかりいないで、何かを始めないといけないなァ・・・」
 そうして、「よし、帰ろう!浅草で一からやり直そう」とぼくは決心することができたの。
 さて、ぼくが二郎さんとコンビを組むことになったのは、熱海から東京に戻ってきたまさにその日のことだった。
 当時、ぼくは山谷の近くの豆腐屋さんの二階に部屋を借りていてね。大家さんはいつもぼくがいないから、「欽ちゃん電話よー。いないわねえ」と呼んでから電話を切ろうとした。
「いるよ!」と慌てて答えて出た相手が、なんと二郎さんだった。
 二郎さんは「麻雀をしないか」と誘ってきたので、二郎さんの家で麻雀をすることになった。その最中、ふと「新しいネタがあるんだ」と話したら、二郎さんが「ぼくが手伝ってあげようか」と、コンビ結成を持ちかけてきたんだ。驚くと同時に何とも戸惑ったよ。
 もともと浅草で見る二郎さんの芸がぼくは少し苦手でさ。彼はこっちが一つ笑いを取ると、必ずもう一つ笑いを重ねてくるような天才的な人。そんな彼からコンビを組もうと言われても、チョット躊躇するものがあったんだ。
 でも、二郎さんは「お腹の大きな女房にも、『最後の勝負をさせてくれ』と頼んできたんだ」と言う。
意外な出会いを断っちゃダメ
 二郎さんはぼくの七つ上で、その頃、キャバレーの司会なんかをしていた。このままでは、もうすぐ生まれてくる子供を育てるのもままならない。それで「最後の勝負」をしたい、と手をついてお願いしてきた、というわけだ。
「テレビは年をとったらダメだ。それで考えた。俺は欽ちゃんを後ろから支えていくと、いいことがありそうな気がするんだ」
 もともとぼくは優柔不断だし、そこまで言われて「嫌だ」とは言えない。
「じゃあ、一度だけやってみようか」
 そうして結成されたのが、コント55号だった。
 この一連の出来事からぼくが学んだのが、「『運』というのは真後ろからやってくる」ということだった。二郎さんはぼくにとって、まさしく「真後ろから来た」という感じを抱かせる存在だったから。
 何より最初はちょっと苦手だなと思っていたけれど、二郎さんの印象は一度、二度と仕事するうちに、どんどんと変わっていった。
「二郎さんっていいな」と思うようになり、しばらくしたら「二郎さんのおかげ」と感じるようになって、そして、最後には「尊敬している人」になった。
 だから、ぼくは彼とコンビを組んだことで、こう信じるようになったの。
 人生を前進させていく上で大事なのは、そんなふうに自分の想像していない場所から誰かが現れたときが、変化が起こるチャンスかもしれないと自覚することー。だから、人の好き嫌いを最初に決めてしまったり、「忙しいから」とか「あまり気が乗らないから」と意外な出会いを簡単に断ったりしない方がいい、ってね。
「想定外の場所から来た人」こそが、自分を「今より遠い場所に連れて行ってくれる。二郎さんとの出会いは、ぼくにそのことを教えてくれたんだ。

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