バイリンガルとモノリンガルと

(院長註:モノリンガルとは一つの言語しかしゃべれない人です。)

週刊朝日2019.7.5P40パテカトルの万脳薬 脳科学者 池谷裕二

 フロリダ国際大学のディック博士らは、多言語と知能の関係を調べている専門家です。彼らが先月の「ネイチャー人間行動」誌に発表した論文を紹介しましょう。アメリカに住む9〜10歳の小学生4524人を対象に、母国語である英語に加えて、もう一つの言語を操るバイリンガルの生徒を検査しました。従来の研究に比べ、はるかに大規模な調査です。

 ディック博士らは多岐にわたるテストを行っています。たとえば、不要な情報を無視して特定な情報を抽出するフランカー課題、ルールにのっとってカードを並び替えるソート課題、合図が出たら作業を即時に中止するストップシグナル課題などなど。こうした検査の結果、モノリンガルとバイリンガルの認知機能に差は認められませんでした。言語を多く話せるからといって、柔軟性や集中力、自己抑止力、頭の切り替えなどの、知能を支える基本タスクの実行能力が優れているわけではなかったのです。

 今回の調査で見いだされた唯一の差異は「バイリンガルは母国語のボキャブラリーが貧弱である」という身もふたもない事実です。「二兎を追う者は一兎をも得ず」ということわざが思い出されますが、どうやらそういうことではなさそうです。アメリカのバイリンガルの家庭が、一般的に、どのような社会的立場にあるかに留意してください。ディック博士らは、社会格差や知能のばらつきを補正して再解析したところ、ボキャブラリーの差異は消えました。つまり「多言語に脳のリソースが食われたから母国語がおろそかになった」という因果関係は認められませんでした。

「英語を習うと賢くなる」あるいは「英語を学ぶと日本語が劣化する」という考えはどちらも間違っています。となれば言語学習の目的はシンプルです。「ともかく英語を!」と鼻息を荒くするのではなく、「異文化との交流をエンジョイするためのツールを手に入れる」といった、気軽な姿勢こそが正しいのでしょう。

▲このページのトップに戻る