勝ちの文化をつくる

「ラグビー日本代表を変えた『心の鍛え方』」前日本代表メンタルコーチ荒木香織、講談社+α新書、2016

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「勝ちの文化をつくる」

 ニュージーランドでは、一度でもオールブラックスに選ばれれば、みんなが憶えていてくれるし、尊敬される。強いチームには勝利を積み重ねることで生まれる、そういう「勝つ文化」というものがあります。

 ところが、日本にはそれがない。当然です。負けてばかりだったのですから。

「それでは、勝つチームというのはどんなチームなのだろう」

 みんなで考えたときに出てきたのが、「誇り」という言葉でした。

「代表であることに誇りはなかったのか」

 疑問に思われるかもしれません。

 でも、現実に選手たちはあまり感じていないようでした。リーチ選手は「どうかなあ」と言っていたし、五郎丸選手も「勝ったことないからなあ」。

 「日本の代表なんだから」と周囲から誇りを持たせてもらっていたかもしれないけれど、あらためて問いかけられると、自分たちの中から湧き上がる誇りというものはなかったのだと思います。

「ならば、誇りって何だろう」 そう思ったときに、「君が代」が浮かんできたのです。私は訊ねました。

「国歌斉唱、みんなしてる?」

「いや、あんまり考えたことない」

 実際に過去の試合の映像を見てみたら、誰もちゃんと歌っていなかった。

 「だったら、そこからはじめてみよう」

 君が代に対してはいろいろな意見や感情があるのはわかっています。選手たちも、大きな声で歌うことに関しては躊躇があったようです

 ただ、スポーツの世界で、ワールドカップを目指すチームとしては、その行動は決しておかしいことではない。リーダーたちはそう考えました。

 日本代表には外国人選手やコーチが少なくありません。そこで「君が代はこういう歌詞なんだ、こういう意味なんだ」と説明する時間をつくり、練習しました。

 「スタッフと外国人も一緒になって、全員で肩を組んで歌いましょう、そうやって試合に入りましょう」

 そう言って、みんなで取り組むことにしたのです。 マイケル・ブロードハースト選手なんか歌詞を覚えられないから、手に「chi yo ni ya chi yo ni (チヨニヤチヨニ)」と書いていました。「今日ちゃんと歌えないと、明日は練習させてもらえないらしいぞ」と誰かが嘘をついたらしく、「まずい」と思ったようです。

 試合によっては、前奏がある場合とない場合があるし、歌手の人が歌う場合もある。そのあたりも事前に確認して、みんなで歌えるように準備をしました。

 人は、何のためにそこにいるのか、何のためにそれをやるのかということがわからないと、みずから積極的にコミットしようとは思いません。日本代表には、それが必要でした。

 先ほど言ったように、それまでの代表選手たちは、誇りを周囲の人たちに持たせてもらっていた。自分自身が感じているものではなかったから、チームに対してコミットしようという主体性が生まれえなかった。チームとしての一体感もなかったのです。

 誇りというものは、周囲の人たちにつくってもらうものではないし、エディさんがつくるものでもない。選手たちが自分自身でつくりあげていくものです。そのための取り組みのひとつが君が代を全員で歌うことだったのです。

 実際、取り組みをはじめて二年目に、テストマッチのあとである選手がこう言いました。

 「外国人コーチもスタッフも、全員が肩を組んで君が代を歌っているのを見てめちゃくちゃ感動した。士気が高まった」

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