芝生のグランド

「TEST MATCH」宿沢広朗、講談社、1991

P172

芝生のグラウンドでプレーするのが当り前

 ラグビーは芝生の上でプレーされるスポーツである。

 すべてがトウイッケナムやカーディフアームスパークのように、じゅうたんを敷きつめたような芝生である必要はさらさらない。牧草のようなものでも、雑草が混じったようなものでも一向にかまわない。しかし土の上でやるスポーツではないことは確かだ。

 日本では芝生のグラウンドは"ぜいたく品"である。公共的な競技場を除いて、チームとして芝生のグラウンドを持っているところは極めて希である。管理、維持の困難さは想像にかたくない。地質面での難しさもあるのだろう。英国やニュージーランドは、その点全くうらやましいの一語に尽きる。

 英国ではどこにでも芝生が生えているという印象だ。極端な言い方をすれば、グラウンドはつくるものではなく、芝生の生えている所にポストを立てるだけで、出来てしまう感じさえする。

 平らな所はラグビー場かサッカー場、丘陵とか荒れている所はゴルフ場・・・・そんな気がするくらい、いたるところにラグビー場やサッカー場、ゴルフ場がある。それはもう、とてもわざわざ作ったとは思えない。その場所の地形をあるがままの姿で少しだけ手を加えると、グラウンドになってしまう。

 大学とか高校にはラグビーグラウンドが最低三面はある。ウェールズの体育大学などではラグビー、サッカー、ホッケーのグラウンドが合計で二十面以上あり、それも常時使わず、芝生の保護の為に順番に使っていく。

 田舎の山あいのクラブなどに行くと、グラウンドが傾斜していることもあるが、そんなことはあまり気にしないようだ。サイドラインの右から左に傾斜していても、一方のゴールから向こうのゴールに傾斜していてもそれはそれでいい。

 ハーフタイムでサイドチェンジすれば両方とも一回は登り坂になる。なるほど不公平ではない。風向きと同じぐらいのおおらかさなのであろう。

 そのような芝生の上でプレーしてきた英国や、その他の国のプレーヤーと日本のプレーヤーとでは、ラグビーの質に差が出てくるのは当然のことである。プレーにその違いが表われてくる。
 たとえばグラウンドにボールがあって、一瞬そのボールを確保するために身体を挺していけるかどうか、攻められた時にちゅうちょせずセービングできるかどうか、イーブンボールになった時にどちらが早くそのボールを確保できるかーーー。芝生のグラウンドのラグビーと土の上のラグビーとでは、埋めようのないギャップがそこにある。その一秒の何分の一かのギャップが勝敗というような次元ではなく、ラグビーそのものの質をも変えてしまう。

 ”痛い”という意識、一瞬の逡巡が日本のプレーヤー達の中にあることで、プレーをどれだけ阻害しているかは計り知れないものがある。

 日本代表チームは芝生のグラウンド以外では練習や合宿を行なわないことにした。

 これはぜいたくとかおごりとかいった発想ではなく、土のグラウンドではプラクティカルではないという理由からである。日本代表チームが海外や国内で試合をする場合は、すべて芝生のグラウンドで行なう。当然、練習もそれに近い状況で行なう必要がある。

 日本でも、もっと芝生のグラウンドが増えてほしい。そして小さな時から芝生のグラウンドでラグビーをプレーしてほしいと思う。

 現在芝生のグラウンドを持っているチームは大事に、有効に使ってほしい。毎日使って芝生のグラウンドを台無しにするくらいなら、グラウンドの使用ひん度を落すぐらいの覚悟が必要だ。それは少しも本末転倒なことではない。

 ラグビーは芝生の上でプレーされるものという意識が最初のころからあったら、これほど多くの人達がラグビーをプレーするようにはならなかったかも知れないが、ラグビーの質が大きく変わっていた可能性は捨てきれない。

 それに、トンガや西サモアのように芝生のかわりに草の上でも構わなかったのだからーーー。

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