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予備校講師の言葉①

「京都よ、わが情念のはるかな飛翔を支えよ」松原好之、1980、集英社

P35

 「私は諸君に全員、東大を目指して欲しいと思う。京大では駄目だ、早稲田ではもっと駄目だ。」

 独特の「須磨節」と呼ばれる講義が始まっていて、時々館内に笑い声がどっと上がる。

 「なぜなら京大は権力と無縁だからだ。権力志向を放棄して何が学問だ。学問とか英知とかは、権力を媒介として初めてかたちをとるのだ。権力志向のないアカデミズムはすべて欺瞞であり、逃避なのだ。媒介の仕方が肯定媒介であるか否定媒介であるかで、体制か反体制かが決まる。このいずれでもない者は歴史の落伍者だ。彼らは営々としてこぢんまりと、自分と自分の家族を守ってのみ生きる。つまりクズだ。私の授業を受けた者がクズになったら、私は死んでも死にきれん。

 東大にどうしても行けずに、京大ないし早稲田へ否応なしに行くんなら、私は涙をもって見送るが。」

 京大志望者も早稲田志望者も一様に笑う。京大向けの予備校でこれを言うところに、須磨の面目躍如たるものがあった。

 「早稲田は中退者でもっている大学だ。東大落ちてどうしようもないのが早稲田に入り、まわりがクズばかりなのを見てむかつき、あほらしくなって中退し、しこしこと文学でも始めよかといって、その中のどれだけかが文学者として生き残り、早稲田の名を上げるのだ。

 要するに早稲田もひとつのバロメーターで早稲田を軽蔑するか崇拝するかで、人間とクズとに分かれる。私は一度でも早稲田など憧れたことはない。

 私の依って立つ理論は、知っての通り、絶対性大原理だ。これはアインシュタインの相対性原理を揚棄して生まれた。ゆえに『大』がつく。彼が天才であったことは言うまでもないが、ただひとつ彼の不幸は私の理論及び私の存在を知らずに死んでいったことだ。この不幸は現役で嬉々として大学に入学していった者、あるいは別の予備校で迎合主義の講師に飼い馴らされている者にも通ずる不幸だ。

 諸君らの幸福には、この私でさえ羨ましいと思う。なぜなら諸君には私がいる、だが私はつねに孤独なのだ。私はいつも私の影と対話するしかないのだ。

 私の書斎を諸君らに見せてあげたい。私の部屋にはオックスフォードの大辞典以外一冊もないのだ。私が膝を屈して教えを乞うべき師と書物はすでにこの世にない。

 私の絶対性大原理について知りたい諸君には無料で教えてさしあげるので、これから言う私の家の電話番号を控えて、予め連絡の上訪ねて来なさい。

 私は三高で一心不乱に勉強してトップになった。私の家はど貧乏だったのでストーブなどなく、火の消えた炬燵で毛布を体に巻きつけて勉強した。まだほかにやることがあるのではと思ったがーーーいいか、ここが大事だーーーそれはすぐに打ち消した。そして教師に尋ねた。私のような天才を収容する日本一の大学はどこですか、と。それは東大法学部だと、教師は答えた。当然の如く、東大法学部に入ったが、私は裏切られた。貧しい教授陣と学問内容。それが私の天才の上にさらに積み重ねた労に対する唯一の報いだったのだ。

 また法に縛られる人間存在を、その存在方向でのみさらに強化するために、何でこの私が法律家にならねばならないか。医学部転部を勧めてくれた友人もいた。しかしあの病院と称する所へ行ってごらんなさい。あの大設備を抱えて癌すら治せないなんて。医者たちはそれだからこそ医学の対象とすべき領域は無限であるなどと言う。けれどそれは違う。己れと医学そのものの力量が有限であるという意味の裏返しに過ぎないのだ。対象が算術的に無限であることには何の価値もない。算術的である証拠に、ただ生かそうとのみ腐心するだろう、どんな患者に対しても・・・・・。この世界もやはり俗物しか集まらないわけだ。あんな不純な世界に入ったら、私の清くてもろい情熱など潰れてしまう。

 私にそれなら文学者になれ、と勧める向きもあった。だが私は言葉に絶望している。厳密に言えば活字に絶望している。私自身、これまで真に感銘を受ける書物に出くわしたことがない。いずれも、私の偉大な絶対性大原理からすれば足許にも及ばぬ。

 私の絶対性大原理は『語り』によってのみ伝達されうる。語ることによって私自身が昂揚し、存在そのものの呪縛から離れうる瞬間があるからだ。人は喋ったり咀嚼したりすることによって、脳を活性化するものだ。現在の私にはまだ到達できていないある段階が、こうして話し続けることによって、次の瞬間に到達できるかも知れないのだ。文字文化の遅々とした歩みなど、千年かかったとて、私の語りの、一秒後の高度な一回性に達しはしない。

 文学が文字表現である限り、私は文学などに見向きもしない。大原理はあくまで存在そのものを越える直截な表現でなければならないはずだ。

 諸君には、東大で挫折してもらいたい。そこで挫折すれば私のような偉大な傑物になれる。」

 僕らは笑いながらも、いつしか須磨の弁舌に魅了されていた。そして須磨宅の電話番号も真剣に書き留めていた。

 ああこの人は、本当に人間が好きなのだと思った。矛盾を濾過しない混沌たる純粋という逆説は、まさにこの人に当て嵌まるものだろう。僕らは彼の個性と自意識をすべて動員した外連昧のない励ましに応えようと、殊勝な意欲を燃やすのだった。

(院長註:35年前の予備校にも名物講師がいました。伝説の予備校、京都の近畿予備校で数学の永井先生と並び称された英語の橋本実先生の言葉です。第三回すばる文学賞受賞作品で1979年2月号の「すばる」に掲載されました。教え子が「受賞しました。」と電話をかけてきたそうです。「この小説の中で輝いているのは私の言葉だけだ。」と橋本先生言われてました。当時の近畿予備校は、京大医学部と京都府立医大の学生の3割は近畿予備校出身者と言われ、京大の他の学部にもかなりの学生を送り込んでいました。今は凋落してしまったそうですが。教えてもらっているだけに36年前は嬉々として読んでいましたが、今読み返すとただの誇大妄想狂のようにも・・・。)

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