フェスティンガーの認知的不協和理論

「養老孟司・学問の格闘」日経サイエンス編、日本経済新聞社、1999

P308(院長註:菊池は菊池聡信州大学人文学部教授)

●安月給に耐える術

養老ーーー私のような歳になっても、心理学的なものの見方を教えられると、かなりインパクトがあるのは確かです。私が実に面白いなと思ったのは、人はどういうときに仕事にやりがいを感じるかという話です。被験者を二組に分けて、つまらない仕事を同じようにやらせ、片方の組にはかなり高い報酬を払い、もう一方の組には少ししか報酬を払わない。そのとき、この仕事はやりがいがあると主張するのはどちらの組かという問題があるんですが、答えは少ししか払わないほうなんです。

菊池ーーーフェスティンガーという人が提唱した「認知的不協和理論」ですね。人間には、自分の中ですべてが一貫していると思いたがる傾向があって、それが基本的な動機付けになるという説です。つまらない仕事なのに、それをしてしまったということは、自分の中で矛盾になってしまう。そのときに報酬が高ければ、それだからやったとごまかせる。ところが、低い報酬でやるとどうしようもないけれど、その仕事が好きだったとか、本当はやりがいがある仕事だったんだと考えて自分の中で一貫させるんです。

 たとえば、カルト教団が、信者につまらない仕事や布教を強制したり、新人社員の研修会で、普通だったらやらないような恥ずかしいことをさせたりするのも、そういう効果があるからだと解釈できます。そういう意味で、非常に影響力があった説です。

養老ーーー私は、安月給で長年大学の教師をやってましたから、「あ、これか」と思いました。これは立派な仕事だと、自分に一生懸命言い聞かせてやっていたんだと合点がいった(笑い)。

菊池ーーーそういうふうに、自分はこう思って行動しているんだなと、考えている自分をもつことを「メタ認知」と言います。立派なクリティカル・シンキングの姿勢です(笑い)。

 学生も超常現象について心理学的にはこう解釈できると教えると、結構インパクトを受けるみたいです。養老先生は、人を変えてしまうのは恐ろしいことだとおっしゃいましたけれど、私は、できれば変えてみたいと思いますね。

養老ーーーそれは、お若いからかもしれません。私が、人を変えていいのか悪いのかと考えるようになったのは、五〇歳を超えてからですから。菊池先生は学生たちに年齢が近いから、彼らの感覚がわかって「変えてみたい」と言えるのでしょう。教育者というのは、ある意味で近い世代じゃなきゃ、いけないということですね。

▲このページのトップに戻る