バイオレンス・アクションの恐ろしさ

週刊朝日2005.2.11P38「アクション映画の明日はどっちだ」マット・デイモンVS福井晴敏
 ひさびさに硬派なスパイ映画「ボーン・スプレマシー」に主演のマット・デイモンが来日、無類の映画マニアで今年、『終戦のローレライ』『亡国のイージス』『戦国自衛隊1549』の3作品が映画化される作家、福井晴敏さんとハードなアクション映画のあるべき姿を語り合った。
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デイモン つい最近もアメリカで、11歳の少年が学校で銃を乱射する事件があったのですが、警察へ連行された少年は夜になると警官に「僕、もうママのところへ帰るよ」と言ったそうです。結局、この子は銃で何人も殺していながら、その行為の意味がわかっていない。

 その意味で自分がバイオレンス・アクションのある映画に出るときは、かならず暴力行為が、どのような結果をもたらすかを見せるように気をつけています。
 いまのアクション映画では、ジェームス・ボンドが典型的ですけど、人を殺した後に笑っていたりして、あたかも殺人がカッコいい行動であるかのように見せている。つまり殺されたのが観客と同じ人間であるという関連づけがなくなっています。しかし自分の出る映画はあくまで自己防衛のためで、しかもかならず、その暴力がどれほど嫌悪すべき行為であったか表現するようにしています。
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福井 子どもへの影響だけでなく、たとえば軍隊で昔、射撃訓練の標的が同心円型だったころは戦場での対人発砲率が2割ぐらいで、わざと外して撃っていたらしいんですね。本来、それぐらい同族の命を奪うことに対する抵抗感が植えつけられているわけですが、ベトナム戦争のとき、いきなり発砲率が9割に跳ね上がったといいます。なぜかというと、射撃訓練の標的を人型に変えていたからだそうなんです。逆にいえば、その程度のことで人間は簡単に抵抗感を突破できてしまう。そうなると映画だけでなくテレビゲームでも人をバンバン打つような内容のものは、子どもに無意識にそういう抵抗感を失わせる訓練をさせているようなものです。

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