芸大生がスタンディング・オベーション 東京芸大時代の三木先生

 解剖の三木先生が気になって調べているうちに、芸大時代の三木先生の様子を伝える次の文章に出くわしました。芸大生に生物の講義をしてスタンディング・オベーションって、何なのそれ、と言う感じですが・・・。実際、1年単位の講義を、単位の取得に関係なく、4年間聴き続けた学生もいたそうです。

現代思想1994年3月号・青土社・特集「三木成夫の世界」

「三木生物学なんて知ったことじゃない!」丹生谷貴志(にぶや・たかし 1954・昭和29年東京生 神戸市外語大教授 美学・表象論 東京芸術大学美術学部芸術学科卒 同大大学院美術研究科西洋美術史修了)

 知る人も多いだろうように、先生は東京芸大の校医を勤めるかたわら美術部で生物学の講義をもっていらっしゃった。その講義の(或いは先生の存在の)幻惑的と言ってよい魅力はたとえようもないもので、出席をとらない授業なんかに出るくらいならアトリエで仕事をすることを当然のように選ぶ実技の学生たちが先生の講義に限っては絵の具や石の粉にまみれた姿で集まり(驚いたことにノートがわりのスケッチブックまで持って!)、美術部で一番大きな階段教室はいつもテレピン油や石粉の乾いた匂いで満杯になった。先生の有名な美しい手書き図版のスライドを交えた授業が始まると、誰もが知るようにスライド授業というのは何故か眠るのに最適な環境を構成するのだが、先生の授業はまるでディズニー映画が始まったときの子供たちのように学生たちは文字通り息を呑むような熱気と沈黙でスクリーンを注視するのだった。それは本当に図版と先生の存在とそこから流れ出る不思議な言葉からなる映画のようで、講義が終わって照明が点き、先生がゆっくりと煙草に火を点けて燻らすと、ほとんどスタンディング・オベーションのようにして学生たちが拍手をし始めることさえあった。その拍手に先生は少し照れたように微笑んで挨拶をし、黒板横の教官用のドアから出ていかれるのだった。少なくとも私が講義に出席していたころはいつもこんな具合だった。

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